
きっかけは、2016年12月のある晴れた日のことだった。いつものように記事を書いていたところ、マーケティング部の清家さんに声をかけられた。
「平野くん、インドネシアに行ってくれない?」
聞いてみると、期間限定で販売していた「CHOCO CHEESE TART」(※2017年1月〜2月)のチョコレートで使用している原材料(カカオ豆)を見るためにインドネシアに行ってほしい、ということだった。
「...行きます!」
ふたつ返事で答えてから、2週間。12月中旬というクリスマス気分の最中、赤道直下のインドネシアに向かった。
……そして、2017年10月。今度は、CAKE.TOKYOの第2回目の連載として、Dari Kの京都本店を訪問。カカオ豆からチョコレートがつくられるまでの工程を見てきた。
奇跡的なタイミングとチョコレート好きがこうじて生まれた2つのチャンス。今回は、2回の訪問を通して、見て・聞いて・知った話をまとめてみようと思う。
本題に入る前に、まずはチョコレートの歴史から。
古くからチョコレートの原材料であるカカオ豆はあったものの、今の自分たちのようにチョコレートを食べたり飲んだりするようになったのは、じつは19世紀の話なのだ。
「カカオ豆」が歴史上に出てきたのは、紀元前約2,000年。今のメキシコ辺りで栽培されていて、当時は通貨としても使われていたほど貴重な存在だったそう。
そこに入植してきたスペイン人が自国に持ち帰ったのが16世紀のこと。そのとき初めてヨーロッパの人たちがカカオの存在を知ったが、上流階級の人が希少なものとして嗜む程度だった。
その後、砂糖と牛乳を混ぜて飲みやすくしたものがスペインで流通しはじめ、そこからヨーロッパ各国に広まった。
その後、産業革命がはじまり、今でも有名な「バンホーテン」がチョコレートをココアバターとココアパウダーに分離することに成功。ドリンクの流通がさらに拡大した。
その一方で、余ったココアバターと砂糖と混ぜて、チョコレートの原形(イーティングチョコレート)を発明したのが、19世紀後半のこと。
ヨーロッパから遅れること数十年、日本にもチョコレートが入ってきたのは、明治時代初め。日本初のチョコレートを販売したときの当て字は、猪の口の年齢の砂糖と書いて、「猪口齢糖」。その後、現・森永製菓株式会社、現・株式会社明治などが創業し、日本のチョコレート消費が増えていった。
2016年12月に訪ねたときの目的地は、約13,000あるインドネシアの島々のうち、アルファベットのKの形をしたスラウェシ島・バンタエン。
スラウェシ島は174,600km²(北海道の約2倍)もの大きな島だが、日本からの直行便はなく、バリ島経由で24時間。そこから農園まで車で6時間という、合計30時間かかる場所にある。
じつはインドネシアは、ガーナ、コートジボワールに次ぐ、世界有数のカカオ豆生産国。なのに日本での知名度が低い理由は、農家さんたちが、香り豊かなチョコレートをつくるために必要な“発酵”の手順を知らなかったことがひとつ。
さらに、カカオ豆の国際相場は一方的に決まってしまうことから、農家さんたちに質のいいカカオ豆をつくるインセンティブがないことが大きな要因だった。
手間をかけ発酵して香り豊かなカカオ豆にしたところで買取価格が変わらないのであれば、良いものをつくろうとは思わない。
そこでDari Kがはじめたのが、“頑張ったらその分の対価が得られる”仕組みを提供すること。市場より5割高い買取制度をおこない、現地にDari K専任スタッフを派遣。農家さんと一緒にカカオ豆に対する考え方・育て方・管理の仕方を教えて、品質の良い豆を一緒につくっている。
訪問したのは、Dari Kが契約している農家さんのひとり、Tummingさんの農園。ちょっとはにかみながら、英語を交えながら教えてくれた。
【 1 - 収穫 】
インドネシアのカカオポッド(=カカオの実)は、色とりどりだ。
ガーナやコートジボワールのような「大規模プランテーション方式」と違い、インドネシアは、ボルネオへ出稼ぎに行った農家が各々苗を持ち帰ったことがはじまりで、各家庭が1ヘクタール程度の「小規模ファーム方式」で運営している。そのため、同じ農園に複数種のカカオポッドがなるのが特徴。
カカオ農園に入っていくと、こんなふうにビニール袋で覆ったカカオポッドがある。これをつけることで、ほぼ100%害虫を防ぐことができる。
ところどころ接ぎ木をしているのは、よりよいカカオポッドをつくるため。
自分も挑戦。カットしてもよいものを見分けるのは、発色がいいものを選ぶのがコツ。熟れている証拠だ。
こうやって収穫したカカオポッドを割って、カカオ豆を取り出し、質の良いものだけを選別する作業に移る。
ちなみに農家さんは、木登り名人。普段オフィス勤務の自分は、灼熱国ですぐにヘトヘト。喉が渇いたとこぼすと、ひょいひょいと木に登ってココナッツの実を採ってくれた。ちなみに飲み干した後は、内側の皮を削いで食べることもできる。
【 2 - 選別 】
通常、農家さんにやってもらうカカオ豆の選別を、自分たちもお手伝いさせてもらえることに。
踏み板のような機械で、カカオポッドをつぶして、カカオ豆を取り出す。カカオポッドは地面に何度も叩きつけないと割れない頑丈さだが、この機械を使えばすぐに割ることができる。
カカオ豆のまわりについている粘着質の白い果肉(パルプ)は、舐めるとちょっと甘い。一緒に同行した清家さんは「マンゴスチン」のような味だと言っていた。
少しでも黒くなってしまっているものは、選ばない。あくまで農家とは対等の立場で、本当に質の良いものを選んでいく。重量を計測したのち、香り高いチョコレートをつくるのに必要不可欠な「発酵」の工程に。
【 3 - 発酵 】
これまでインドネシアではやっていなかった工程の「発酵」。
発酵の目的は、豆の中にチョコレートの香味の前駆体をつくると同時に、チョコレートにしたときの渋みや苦みを抑えること、そして、カカオ豆の発芽を止めること(カカオ豆はカカオポッドの種なので芽を出そうとする)。
発酵には、空気に触れさせない「① 嫌気(けんき)発酵」と、その後、酸素に触れさせる「② 好気(こうき)発酵」の2種類がある。
まず、木箱に入れたカカオ豆をバナナの葉っぱで覆い、その上に麻袋を敷き詰めぎゅうぎゅうに押し込む。空気が入らない“嫌気状態”の中で、パルプに含まれる糖分をエサとして酵母菌が働き、エタノールをつくる。
そして、パルプが分解されていくと、豆と豆の間に空間ができ、好機発酵に移る。
好機発酵では、生じたエタノールから、好気状態で働く酢酸菌が酢酸をつくる。その過程で大きな発熱を伴う(約40度!)。
酢酸が豆の中に染みこむことで豆の細胞組織が壊れて、白や紫色だったカカオ豆を茶色くし、チョコレートとしてのアロマやフレーバーを持つ。豆全体が限界熱(最高温度)に達すると、発酵は徐々に終わる。大体3日から5日経つと、ようやく「発酵」から「乾燥」に移ることができる。
【 4 - 乾燥 】
続いて、「乾燥」の工程。乾燥させるためのビニールハウスは、見た目以上に蒸し暑い。
すでに乾燥しているカカオ豆は、こんな感じ。パキッと割って食べてみると、ちょっと苦めのチョコレート味。砂糖がなくても、すでに美味しい。
【 5 - パッキング 】
1週間後、乾燥工程を終えたカカオ豆をパッキングし、麻袋にひとつひとつラベルをつけて品質管理を行い、日本に輸出。まさに、「Bean to Bar(カカオ豆からチョコレート)」。
むしろ、「Farm to Bar(農園からチョコレート)」と言うほうがDari Kは正しいかもしれない。
Dari Kは、カカオ豆の乾燥から輸出までの期間が非常に短く、数日前まで木になっていたカカオ豆からチョコレートをつくることができる。
通常カカオ豆は、乾燥させることで数年間は保存がきくため、価格が変動しないように、多くの製菓メーカーは2~3年分ぐらいカカオ豆をストックしておく。自分たちが今食べているチョコレートは、じつは、数年前のカカオ豆が使われていることが多いのだそう。
以下は、会社のオウンドメディアで書いた(撮った記事)記事。当時は、チョコレートになる前の乾燥されたカカオ豆までしか見ることができなかった。
▶ 日本のショコラティエが、カカオ農家の働き方を変えていた。最高にこだわった、チョコチーズタルトの原材料を訪ねて…
初回の連載「たねや」に引き続き、第2回目の連載ではどのブランドを深く取材しようかと考えていたときに、ふとインドネシア出張で見た、本物のカカオ豆のことを思い出した。
チョコレートのことを、より深く知りたい。そのためには、カカオ豆からチョコレートができるまでの工程を実際に見てみたいと考え、Dari Kに取材依頼を出したのが2017年9月上旬。そして9月末、京都本店を訪ねた。
今回お話を聞いたのは、Dari の事業企画部でディレクターとして働く大澤祐子さん。
大澤さんは、もともとDari Kのお客さん。大のチョコレート好きで、Dari Kの存在を知り興味を持ち、よく買っていたのだそう。今後の人生をよりよいものにしたいと考え、前職のスポーツウェアのブランドから転職をした。
インドネシアからカカオ豆を輸送後、以下のような工程を経て、チョコレートは完成する。
【 6 - 選別(クリーニング)】
設備損傷などのリスク回避のため、工場での製造工程では豆の洗浄を投入前に行う
↓
【7 - 焙煎(ロースティング)】★
熱を加えて、カカオ豆独特の香りと風味を引き出す
↓
【8 - 風選(ウィノーウィング)】
カカオ豆を粗く砕き、カカオニブ(胚乳部)からシェル(皮)・ジェム(胚芽)を除去・分離させる
↓
【 9 - 摩砕(メランジング)】★
カカオニブを磨り潰し、滑らかな液状(カカオマス)に加工する
↓
【 10 - 精錬(コンチング)】★
カカオマスに砂糖など副素材を加えて、さらに磨り潰しチョコレートに加工する
↓
【 11 - 調温(テンパリング)】
温度調整によって、チョコレートの粒子を結晶化させ、安定させる
実際の工程は協力工場でおこなっているため、今回見せていただいたのは、【ロースティング(焙煎)】、【グラインディング(摩砕)】、【コンチング(精錬)】の3つの工程。(★の箇所)
7 - 焙煎(ロースティング)
熱を加え、カカオ豆独特の香りと風味を引き出す大事な工程。チョコレートの香りは、ロースティングによって決まると言っても過言ではない。
今回見せていただいたのは、もともとコーヒーの焙煎機だったものを、カスタマイズして使用している、オリジナルのカカオ豆焙煎機。あらかじめ焙煎のプログラムをつくっておき、ボタンを押せば自動で温度と時間を調整する仕組みになっている。
「この3本のノズルから200度近い熱風が出ます。その熱風で、遠赤のような効果で四方八方から火が入るので、均等に火が入りやすく、ムラなく焼きやすいんです。一度で入る量が、大体200〜500gと1回の量自体は少ないんですが、6分ぐらいで1回焼き終わるので、それを繰り返し焙煎します」
ちなみに、焙煎直後のカカオ豆をかじってみたときの顔。(※ 通常、店頭では食べられない)好き嫌いのない自分も、あまりの苦さに、この表情になってしまうほど。
9 - 摩砕(メランジング)
メランジングは、ひとつ前の工程(ウィノーウィング)で分離させたカカオニブ(胚乳部)を磨り潰し、滑らかな液状(カカオマス)に加工する工程。
カカオニブをすり潰すことで、カカオニブに含まれるココアバター(油脂)が溶け出し、サラサラからザラザラを経てドロドロになってくる。
10 - 精錬(コンチング)
メランジングから数時間後、少し滑らかな状態になったところで、カカオマスに砂糖など副素材を加えて、さらに磨り潰しチョコレートに加工する工程。
「量とその加減にも寄りますが、一般的な工場でやるものは、まる2日〜3日練り続けることで、摩擦熱によって香りとか酸味の嫌な要素が消え、20ミクロンという一般的な滑らかなチョコレートになります。なので、個性を活かすためには、時間を少し短めにするとか、温度を低めにすることが必要です」
コンチングを終え、温度調整でチョコレートの粒子を結晶化し安定させ、できた生チョコがこちら。
インドネシアでカカオ豆をつくり、京都でチョコレートをつくる。国を超えてたくさんの人が多くの時間をかけ、さまざまな工程を通して、やっとチョコレートは完成する。しかも、「超」がつくフレッシュなチョコレートだ。
普段コンビニで当たり前のように食べているチョコレートは、こんなふうな工程を経てつくられているのか、と改めてびっくりするとともに、感動した。
Dari Kがインドネシア産カカオ豆を使ったチョコレートをつくりはじめて、早6年。少しずつ、でも着実に、インドネシアのカカオ農家たちの取り組みを変えてきた。
Bean to Bar専門店でも、カカオ豆を仕入れるところからはじめるところが多いなか、Dari Kはどうしてカカオ農家と一緒にカカオ豆をつくるところから関わるのだろうか。大澤さんは、こう話す。
「私たちは、仲介役として生産者と消費者の間にいるんですが、お互いがより良いものを選べるようにしたいんです。良い豆をつくればおいしいチョコレートができて消費者は喜ぶし、おいしいカカオ豆をつくった農家にはそれに見合った対価を支払える —— そんな自然な流れが、カカオの業界においては非常にイレギュラーなんですね。当時からカカオ豆の国際相場は決まってしまっていたので、質は量の二の次だったのです。なので私たちは、そんな既存の社会構造を変えて、努力が報われる仕組みをつくりたいと考えています」
「チョコレートは、まずおいしいことが大事」と、大澤さんは言う。
「私個人としては、いい意味で温度差があってもいいと思うんです。おいしいチョコレートは日本にたくさんありますから、極端な話、Dari Kという名前を知らないで食べてもらっても、それはいいと思うんです。でも、もし『Dari Kのチョコレートがおいしいからもっとチョコレートについて知りたい』と思った方には、私たちのほうからもっと情報を発信していきたいです」
その一環として、毎年夏に行っているのが「カカオ農園ツアー」。Dari Kのカカオの生産地での取り組みを見るだけではなく、参加者も一緒に自分の手でカカオの植樹や収穫をしたり、生のカカオ豆からチョコレートをつくったりして、自分の目で見て体験することができる。
「そういうきっかけづくりも、今後は力を入れていきたいです。ストーリーを商品と一緒に伝えることで、食べて読んで知ってもらえたらうれしいです」
もともと貨幣だったカカオが、チョコレートとして飲み物になり、食べ物になり、まだその活用法は果てしない。「カカオひとつとっても、まだまだ可能性があるんです」と、大澤さんはうれしそうに話してくれた。
自分自身、チョコレートが好きだから、というものあるが、Dari Kはこれからも新しいチョコレートの可能性を見つけてくれそうで、今後どんなものができるのだろうか、と非常にわくわくする。
明日公開する記事では、Dari Kを創業した、代表取締役の吉野慶一さんのインタビュー記事を公開予定。
どうしてインドネシアのカカオ豆に興味を持ったのか、パティシエではない吉野さんがどうやって事業を続けてきたのか、今どんなことに取り組んでいるのか、たっぷりと伺った。お楽しみに。
WRITER
平野太一
CAKE.TOKYO 編集者。あたらしいものとおいしいものを求めて、プライベート・仕事を問わず、実際に訪ねることをモットーに、日々活動しています。 Twitter : @yriica
PHOTOGRAPHER
名和実咲
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