
「原材料にこだわる」、このことばは、言うだけなら簡単です。でも、妥協をせずに原材料にこだわり続けていくことは、想像以上に大変なことです。それは、これまでの取材を通してひしひしと感じてきました。
「たねや」を知っていく上で、こだわっている原材料について、職人によるお菓子づくりについて、この目で見てみたいと相談をして、連載の初回は、たねやの和菓子をつくる工場を訪問しました。
場所は、滋賀県東部の愛知川近くに構える、たねや愛知川(えちがわ)工場。あんこや、饅頭、どらやきなど、たねやで販売している和菓子を製造しています。
案内してくださったのは、写真中央に写っている製造部 部長の藤澤俊夫さん。たねや勤続35年目の大ベテランです。
今回は、「製餡工房」と「どらやき工房」の、大きく2つの工房を訪ねました。白衣に着替え、手洗い消毒、全身エアシャワーをしたのち、まずはたねやの心臓である製餡(せいあん)工房を案内していただきました。
ぐつぐつぐつ…。
泡立つ音まで聞こえてきそうな写真は、粒あんを炊いている様子です。たねやのあんこは、ここ製餡工房でそのすべてがつくられています。
工房内に入ると、ほんのりあんこの香りを感じます。夏はかなりの暑さになるのだそう。数分ほどいただけなのに、じとっと汗が出てきました。炊き上がる様子を横目に、こしあんの製造エリアに向かいました。
これは、1回炊き上がった小豆をつぶした状態で水で洗いながら、皮と中身(呉)とを分ける機械です。中身だけは別の容器の中に入って、皮だけがこんなふうに出てきます。
中身は洗浄して、圧搾機で水分を絞ると、このようになります。
機械でできるところは機械でやって、次段階の、砂糖を入れて炊くところは職人の手でひとつひとつ調整していく。それぞれの強みを生かすお菓子づくりです。
こちらは、粒あん用の銅釜です。(今はたねやの代表商品「ふくみ天平」用のあんこ、エリモ小豆を炊いているところ)
大きい釜で炊くと、僕らが思うおいしいあんこに炊き上がらへんので、粒あんは小分けにして炊くんです。ふくみ天平用のあんこだけで、一回一斗(約15kg)を24回。粒あんとこしあん合わせて、1日で2トン炊きます。
と、たねや製造部長の藤澤さん。
たねやでは、他にも商品に合わせて、様々な種類のあんこを炊き上げているそう。小豆は、全て北海道のものを使用しています。
特別にいくつか食べ比べをさせていただいたのですが、素人では分からないレベルの本当に繊細な違いでした。
藤澤さんに話を聞きながら、あんこの繊細な炊き上がりの違いを、どうやって次の世代に伝えていくのだろう、と思いました。
そんなギモンを、製餡工房 工房長の臼井将史さんにお話を聞いてみました。
あんこというのは、和菓子の元で“命”でもあるんです。もちろん、基本のやり方はあるんですけど、感覚というか、人間の五感、特に、目で見て触って食べてみることが一番大事です。
配合はほんまにきっちり決まってるんですけど、その通りにやって絶対においしいもんができるかというと、そういうわけでもないんです。あんこを炊き上げるタイミングとか、火の入れ方とか。そういうのは何回も繰り返して感覚を伝えていくんです。
その、感覚を伝えるってすごく難しいんじゃないでしょうか。
難しいですね。あんこのつくり方は、どこの会社でも同じで、砂糖を足して炊き上げる工程なんですけど、それこそ、ちょっとした砂糖の量で、あんこの味に違いが出てくるんです。
餅に使うあんこや、饅頭に使うあんこも、それぞれの商品に合わせてちょっとずつ味を変えています。
うわぁ、すごい。きっちり決めた配合を、どんどんアップデートしていくんですか。
決まってますけど、その時々によって、もう少し甘くしたほうがいいんじゃないかとか、逆に甘さ控えめにしたほうがいいんじゃないかとか、商品開発室と相談しながらつくっています。それは、時代によって味の好みが変わってくるからです。
ちなみに、一人前って言われるまで、製餡工房はどのぐらいの年数がかかるでしょうか。
どうですかね…、一概に言えないですけど、たぶん10年とか。それぐらいいれば、大体のことは当然分かってるでしょうし。
工程としてはシンプルなだけに、ある程度を越えると、感覚で共有するしかわからない世界になるんですね…。
数限りない種類がありますので、小豆も。まず豆の特性を知るというのも大事ですし。それに、その年の小豆によって水分量が違うので、炊き方も毎年変わってきますし。
一度覚えたことが結局…。
そうです。また1年たったら更新になりますね。ちょっと炊き時間を短くしてみようかみたいな、そういう形でちょっとずつ変えていくんです。手探りで、いい塩梅を見つけていく。
それはもう、言葉じゃ伝えきれないですね。
そう、まさに職人の感覚なんです。まず、炊き上がったあんこを自分で食べるんです。これで自分がおいしいと思えるものかどうか。もし何かの配合が間違っていて糖度が低かったり、甘さが足りなかったりしたら、それは当然使いません。
失敗は失敗として受け入れる。失敗はみんな恐れますけど、失敗しないと分からないことってあるんです。
それは、臼井さんのなかで、失敗したから分かったことがあったからですか?
そうですね。失敗ってイヤですけどね(笑)。できることならしたくないですけど。「こうやったらあかんで」って聞いてても、分かったつもりになってるんですけど、うっかりミスをしてしまったときは、「これとこれを入れ間違えたからなのか」って理解するので、今後同じミスはしないんです。
話を聞いているだけより、まず行動すること。これが一番身になると思います。そうして経験値が高くなっていって、次の世代へ感覚を口伝えしていく。自分もそうして先輩たちに教えてもらったから。
それに、周りに心強い人たちがいますし。20年ぐらいたねやで働いていますけど、製餡工房は、まだ2年目。今も、周りに聞きながらやっています。
(臼井さん、ありがとうございました。続いて、どらやき工房に移動!)
WRITER
平野太一
CAKE.TOKYO 編集者。あたらしいものとおいしいものを求めて、プライベート・仕事を問わず、実際に訪ねることをモットーに、日々活動しています。 Twitter : @yriica
PHOTOGRAPHER
三浦咲恵
1988年大分県生まれ。City College of San Francisco写真学科卒。帰国後、株式会社マッシュにてスタジオアシスタントを経て、2014年鳥巣佑有子氏に師事。2016年独立。現在、ジャンルを問わず、雑誌・Web・広告等で活躍中。
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