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たねや
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お客さまに、いかに喜んでいただけたか。

大学生のころ、少し職種は違いますが、大阪のとある居酒屋で働いていたときのことです。

僕はドリンクの配膳が遅く、料理名も長くて覚えられず、自分のやるべきことだけで頭がいっぱいになり、お客さまの方に意識を向けることができませんでした。

仕事もうまくいかないし怒られるしで、落ち込みながら終電ギリギリで駅までダッシュをしたのが苦い思い出。接客業は本当に難しいなぁと思っていました。

さらにその上でスタッフを束ねる「店長」さんってどんなことを考えているんだろう。

今回取材をした、ラ コリーナ近江八幡(以下、ラ コリーナ)には、多い日では来客数が約8,000人を超える日もあるそうで、以前お客のひとりとして訪ねたとき、接客スタッフとの距離感がちょうどよかったんです。

聞きたいときにはそばに寄ってくれて、選びたいときには、少し距離を置いてくれる。そして、スタッフの方が話す関西のイントネーションが愛らしく、そのことが印象に残っていました。

もし、たねやならではの接客があるのであれば聞いてみたいと思い、ラ コリーナのメインショップオープンから店長をしている、門坂百恵さんに話を聞きました。

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門坂百恵さん。たねやの和菓子で一番好きなのは「のどごし一番 本生水羊羹」。洋菓子派でしたが和菓子のおいしさを知り、和菓子派に移りつつあるとのこと

お客さまの要望をきちんと汲み取ること

ラ コリーナのメインショップ立ち上げのころからいらっしゃったとお聞きしました。どういうきっかけで入社したんでしょうか。

門坂

ほんとに単純なんですが、幼い頃にケーキを売っている店員さんの姿を見て、かっこいいなぁって思ったんです。私もあんなふうに販売してみたいなと。

お菓子をつくる側ではなく、接客する側に興味が出たんですね。

門坂

そうですね。2006年入社なのでそのときからずっと販売の仕事をしています。私は滋賀県出身なんですけど、最初は県内の近江八幡店に配属されて、3年目からJR名古屋タカシマヤの「クラブハリエB-studio(*)」で2年半。次に博多阪急の「クラブハリエB-studio」で2年半。そして、メインショップがオープンする1年前に滋賀に戻ってきたという感じです。

(*) クラブハリエのバームクーヘンをお客さまの目の前で提供するショップ・イン・ファクトリースタイルのショップ。全国9店舗。

10年間の販売スタッフ、そしてメインショップオープンを経て店長になられていかがですか?

門坂

販売スタッフとして接客をしているときは、店長ってただお店で一番立場が上の人としか思っていなかったんです。でもそうじゃなくて。店長というのは、会社や社長の考えを現場スタッフに伝えて実践するところまで落とし込まなければいけないのだと自分が店長の立場になってみて感じました。

ラ コリーナはすごく広いですよね。門坂さん以外にも店長がいるのでしょうか。

門坂

特にラ コリーナの場合は、メインショップの私含めメインショップカフェ、カステラショップ、フードガレージ(7月15日オープン)で合わせて4人の店長がいるんですが、メインショップだけで販売スタッフが全員で約25人、カフェ、工房も全部含めたら100人弱ぐらいのメンバーが働いているんです。

教育から店舗のルールづくりなど、すべてが新しいことばかりでした。店長という立場は決めないといけないことがこんなにもたくさんあるんやと気づきました。

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門坂さんが働いているなかで、ラコリーナならではと感じることはありますか?

門坂

ラ コリーナは、お買い物が中心の店舗ではありますけど、広い敷地があって食べ歩きもできるので、いろんな目的で来られる方がいらっしゃるんです。接客の短い間にお客さまの要望を汲み取って、その人に合った案内をすることが難しいところでもあり楽しいところでもあります。

確かに、お菓子もここでしか販売していない商品がたくさんあるので、僕も初めて来たときにはどれを買ったらいいのか迷いました(笑)

門坂

そうですよね。ラ コリーナの限定商品のなかであれば、「たねや饅頭 桑の葉」が人気です。

あざやかな若草色のお饅頭は、ラ コリーナ近江八幡の“丘”をイメージしたもので、桑の葉の粉末を入れた生地で餡を包んでいるんです。

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たねや饅頭 桑の葉(8個入 税込1,144円)
門坂

定番のお菓子でも、「百貨店でこれ見たことある!おいしいねんで」と言ってお客さま同士で勧め合ってくださることもあります。「ほんならこれ買って行くわ」というふうに(笑)。

お客さん同士で勧め合うことも。

門坂

今まで働いていた店舗ではあまりないことで、ラ コリーナ特有の新鮮さがありました。そういう方たちには、もちろんお菓子も買っていただきたいですけど、よりゆっくり過ごしてもらうにはどうしたらいいか考えて接客するよう心がけています。

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今日いかにお客さまに喜んでいただけたか

たねやだけでなくクラブハリエでもあるかもしれませんが、接客において心がけていることや、大切にしていることはありますか。

門坂

社員教育の中で、「〜しなければならない」という接客マニュアルはないんです。

一連の流れというのは各店舗であるので、もちろんレジの操作や店舗の情報など、基本的なことは先輩から教えてもらうんですけど、最終的に目指すところは、「今日いかにお客さまに喜んでいただけたか」なんです。

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今日いかにお客さまに喜んでいただけたか。

門坂

はい。一連の接客の中で、このお客さまにはこういう接客がいいのではないかと自分自身で考えて実践してみたり、先輩の接客を参考にしながら、真似してみたり。もしうまくいかなかったとしても、次にうまくいくようにする。その実践の積み重ねが喜んでいただくことにつながると思うので。

今本社で働いている方は、販売を経験された方もいらっしゃるんですか。

門坂

店舗での販売を経験している人がほとんどです。

それはたねやとして、販売が重要だと位置づけられているからですか。

門坂

そうですね。お客さまの要望を直接聞けるのは、店舗だけなので。本社で働く人でも、まずは店舗で研修をしたり、工場で製造現場を勉強したりする人も多いです。

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毎日多くのお客さまが来て、かつ、ラ コリーナでの過ごし方にはたくさんの選択肢があって...となると、お客さまからどんな要望をもらうことが多いですか?

門坂

ラ コリーナにおいては商品に関するご要望が多いですね。

「〇〇が良かった」もありつつ、「〇〇してほしい」というような。

門坂

そうです。敷地がこれだけ広いので、車いすを貸し出してほしいとか、授乳室がほしいとか。ラ コリーナで長時間過ごされたお客さまからのお声を頂くことが多いですね。

要望にも店舗によってそれぞれの特色が出そうですね。近くの日牟禮(ひむれ)ヴィレッジの店舗にも、以前行ったことがありまして、全然雰囲気が違って面白かったです。

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5月末に訪ねたときの写真
門坂

それぞれの店舗が“本店”という意識を持ってお店づくりをしています。だからこそ、それぞれ個性がありますよね。

接客しながら四季を感じられるうれしさ

ラ コリーナで何か思い出はありますか?

門坂

今パッと思い浮かんだのは、「田植え」ですかね。

ラ コリーナの真ん中にある田んぼで田植えをしたのですか?

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門坂

そうです!スタッフで田植えをしたのですが、すごく体力を消耗したんです。たったの1日だけでも、他のことが何にも進まないぐらいに、へとへとになって(笑)でも、その後どんどん成長している苗を見るとなんだかうれしくなりますね。

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農作物や草木の成長とか、季節が変わっていく景色を見られるのが、ラ コリーナのいいところですよね。

門坂

はい!ほんとにそうなんです。今はメインショップの草屋根は緑色になっていますよね。それが冬には全部茶色くなって、また春になってくると、日の当たるところから芽吹き緑色になっていくんです。

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いいなぁ。外に出ればすぐに季節を感じられる場所で仕事ができるのは気分も晴れそうだなぁ。

門坂

たくさんスタッフがいるのでまとめるのは大変ですけど、余裕があるときは敷地内を歩くようにしているんです。

それこそ、晴れている日の朝一の空気はすごくきれいなんです。そういう日は大きく息を吸い込みながら、「よし、今日もがんばろう」って思うんです。

「ありがとうの言葉が一番うれしい」

この仕事をやってて良かったと感じるときって、どんなときですか。

門坂

ほんとに月並みですけど、お客さまに「ありがとう」って言ってもらえたときが一番ですね。

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今後門坂さんは、どういうことをしようと考えていますか。

門坂

正直、あまり先のことは考えてないです。何になりたいとか、どうしたいとかはなくて。今、本当に日々楽しく仕事をしてるので。

ラ コリーナにどんどん新しいものができていく様子を間近で見れるのもすごく楽しいんです。自分がやりたいことで、誰かに喜んでもらえて、ありがとうと言ってもらえる。こんなにうれしいことはないですよ。ラ コリーナで長く働けたらいいなと思っています。


「お客さまの方をきちんと向く」

ことばで言うとあまりにも簡単に聞こえるかもしれないですが、門坂さんの話を聞いていて、そのことの重要性を感じました。

門坂さんの姿勢は、自分のインタビューに対してもそうでした。質問の意図を汲み取って、自分の経験を踏まえて話す。接客をずっとしてきたからこその重みのある言葉を端々から感じました。

当時大学生だった自分は、今思い返してみれば、「自分は忙しくはたらいている」という、怠惰の隠れ蓑状態だったようにも感じます。

門坂さんのインタビューを通して忙しくてもお客さまの方をきちんと向く、メディアとして言い換えるとしたら、「CAKE.TOKYOを読んでくださる読者」の方をちゃんと向き合う時間を取らないといけないなと感じました。

門坂さん、ありがとうございました!

WRITER

平野太一

CAKE.TOKYO 編集者。あたらしいものとおいしいものを求めて、プライベート・仕事を問わず、実際に訪ねることをモットーに、日々活動しています。 Twitter : @yriica

PHOTOGRAPHER

三浦咲恵

1988年大分県生まれ。City College of San Francisco写真学科卒。帰国後、株式会社マッシュにてスタジオアシスタントを経て、2014年鳥巣佑有子氏に師事。2016年独立。現在、ジャンルを問わず、雑誌・Web・広告等で活躍中。

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