
たねやグループの愛知川工場の敷地内に、とんがり屋根の建物があります。
従業員のうち、女性が約7割を占めるたねやグループ。「子育て支援は企業の責任」ととらえ、子どもをもつお母さんが職場の近くで安心して預けられる環境をつくることを目的に、今の会長が2004年に開園したのが、企業内保育園「おにぎり保育園」です。
父母どちらかが、たねやグループで働いていれば、正社員もパートさんも、子どもの入園が可能です。
“手塩にかけてつくるおにぎり”のようにという思いから名づけられた保育園は、無垢の木を建物いっぱいに使い、色とりどりに塗られた壁が印象的。日光がたっぷり差し込み、吹き抜けも気持ちがいいです。
ちょうどお昼ごろ訪問したので、子どもたちは食事のタイミングでした。
「いただきまーす!」
今日の献立は、鶏のハムサラダ風と、赤こんにゃくと筍の煮物、味噌汁、ご飯。
メニューも地産地消で、園内の畑で採れた野菜を中心にメニューをつくっているのだそう。それにしても、小さい時期から季節のおいしいものを食べて大きくなったら、カラダも強くなりそうですし、舌も肥えそう…。
たねやのお店や工場に勤める方たちは土日・祝日も関係なく働かれています。そのため、結婚や出産を機にお辞めになる方が多かったんです。
そこで、企業内保育園をつくることで、子どもが生まれた後も安心して働き続けられる環境をつくろうと2004年に開設しました。その頃から、うれしいことに継続してお勤めになる女性が増えたんです。
今回話を聞いたのは、おにぎり保育園 園長の池本加奈さん。池本さんは、私立の幼稚園で15年ほど勤めたあと、この保育園開設時に公募で立候補した初期メンバーです。
たねやグループは菓子製造販売業なので、“食”に力を入れた保育をしています。
例えば毎週木曜日には、各工房長が厳選した、たねやの季節の和菓子を提供してくださる日があるんです。6月30日は「水無月」というお菓子が季節菓子なので、メニューに入っています。(注 : 取材日は6月27日です)
ご飯は、栄養価も高く、よく噛んで食べるようにと「五分づき米」を食べています。
子どもたちの食べる量に合わせ、完食できるように量を調節したり、おかわりをしたりして、“食べた”という満足感を持ってもらえるよう工夫しています。
他にも、食育の一環で琵琶湖の近くに住む子どもたちならではの体験もしています。鮎の季節には、子どもたちが鮎の内臓を出すお手伝いをしたり、鯉をさばく様子を見学したりします。地元産のたけのこの皮をみんなでむいたり、園内の「おにぎり畑」で採れた豆の筋取りをしたり。その後、調理スタッフがおいしい給食にして、みんなで頂きます。
自然の中での食育、すごく学ぶことがたくさんありますね。でも、なぜやるのでしょうか?
これらの体験を通して、私たちはできる範囲で“本物の味”を伝えていきたいです。
手がかかることではありますが、たねやが掲げる「八つの心(*)」という心得のなかに、『手塩に掛ける心』があります。それが基盤となって、他にはない保育をさせていただけるのは、とてもありがたいことやと思っています。
(*) たねや「八つの心」
一つ、私は素直な心でいただらうか
二つ、私は人様の無事と倖せを祈る心を忘れはしなかったか
三つ、私は正直と敬う心を持っていただらうか
四つ、私は装う心を大切にしていただらうか
五つ、私は手塩にかける心を忘れてはいなかったか
六つ、私は感謝の心を持っていただらうか
七つ、私は親切の心を大切にしていただらうか
八つ、私は活き活きする前進の心をもっていただらうか
子どもを育てるというのは、とても大切で、大変なことです。会社全体の理解と協力があってはじめて、子どもたちのための保育ができるんです。
例えば、どんなことがありますか?
育休や時短制度の充実など、“子育て中の社員に優しい職場”というのが大前提になってきます。
例えば、子どもが熱を出したり、病気になったりしたときに、お母さんに直接電話をかけるのではなく、お母さんの上司にかけるんです。
「お子さんが、とてもしんどそうなので」と、お母さんにすぐに来てもらえるよう伝えています。そうすることでお母さんたちは気兼ねなく迎えに来て、子どもさんの面倒を見られるんです。
上司に連絡とは、すごいです。企業内だからできることですね。
会社全体が保育園の存在を理解し、子どもたちを大切にする風土があります。保育園の存在を理解してくれていて、かつ職場と保育園が近い距離にあることは、すごくいいところだなと思いますね。
おにぎり保育園のすぐ目の前にはたねやの製造工場があるので、勤労感謝の日に子どもたち手づくりのカレンダーを持って、工場を回らせてもらって、おやつをもらって帰ってきたりとか(笑)。
いいですねぇ。
毎朝ね、幼児クラスの子どもたちは工場へ出かけていって、工場の人たちと一緒にラジオ体操をするんですよ。
もし子どもが生まれたら、ここに預けようって、まず思いますね。
入園については、社員が産休に入る前に借入園申込書を提出するというシステムができあがりつつあります。ほぼそれで定員が満員になることが多いですね。年によって空きが出た際は、求人募集のなかで、お子さんをつれて入社されることもあります。
いい循環が生まれていますね。
この保育園の建築は、「シュタイナー建築」を模したものなんです。シュタイナーの建築は、「器と内容が一致したもの」という理念があります。子どもたちの成長と共にある園舎ということです。
そこまで影響を受けたシュタイナーさんはどんな方なのでしょうか。
ルドルフ・シュタイナーは、オーストリアの哲学者であり教育者です。その理念にもとづいて、「自分たちの活動にふさわしい形の建物が必要だ」という考えから、独自の建築設計も手がけてきました。
おにぎり保育園でもその思想を模し、建築にもその一部を取り入れています。その一つが、年齢にあわせた「クラスカラー」というものです。
色、ですか。
例えば0歳児の部屋は、お母さんのお腹の中をあらわすサーモンピンクに。一番歳上のクラスは視野を広く、外に向けてもらうように空の色に。クラス名も宇宙の「宙(そら)組」です。
真ん中のホールの壁は虹なので、ここは「虹の部屋」ですか?
そうです!そうです!みんなが集まるお部屋として、各クラスの色がすべて集まって虹色になっています。
今、スタッフさんは何名いらっしゃるんでしょう?人数に対して結構多いですよね。
他と比べるとちょっと多いと思います。調理スタッフも給食を食べるときには一緒に子どもたちの様子を見ていますし。
たねやが人を大切にするのと同じように、私たちは子どもたちを大切にしようと思っています。
「たねやのおにぎり保育園」として、常に緊張感を持って、保育スタッフも調理スタッフも、保育、給食調理にあたっています。私たちは、命を預かる仕事なので。
幼稚園って、僕が小さかった頃は、キャラクターものの服を着ている子が多かった気がするんです。でも、ここの子どもたちはナチュラルでおしゃれですね。
別に何も言ってないんですけどね。不思議と子どもたちも、私たちスタッフも、この建物が持つ自然な雰囲気に馴染んでゆくように感じます。ただ、ボーダー柄はかぶりますね(笑)。
そんな環境で日々過ごすなか、私自身、60歳を前に、あえて髪の毛を染めないようにしているんです。“人は老いてゆく”ということを子どもたちに伝えるために。
それは、どういうきっかけでですか?
自然のなかで、自然を大切にした保育をしているのに、髪を染めたのでは自分自身が自然じゃないと感じ、みんなに白髪であることをカミングアウトしたんです。
子どもたちはすっごくびっくりして、「どうしたん?」「何でかみのけ白いの?」って。
最近のおばあちゃんってみなさん綺麗にしてはりますもんね。
確かに、僕のおばあちゃんも黒染めしています。
「かみのけが白いおばあちゃんなんていない!」「なんで加奈さんだけ?」って言うんです。
どんな生き物だって、いつかは死を迎えます。老いていく、亡くなるという経験は核家族の多いなか、子どもたちはなかなか経験できません。だからこそ、あえて老いる私を見てもらおうと思っています。
身をもって子どもたちに伝えているんですね。
そしてもう一つ、この保育園には「先生」はいないんです。スタッフ全員名前で呼んでもらっています。
子どもたちは自然に呼んでくれますが、保護者の方には最初少し抵抗があるようです。でも今ではずいぶん会社の方にも定着してきたかな。
私も「園長」ではなく、「加奈さん」って呼んでもらっています。
なんだか、家族みたいです。
ちっちゃい子は「加奈ちゃん」って(笑)。私は子どもをお預かりする立場ではありますが、子どもたちの家族でありたいと思っているんです。
たねやという企業が何十年も続いているのと一緒で、たねやが運営する「おにぎり保育園」も強い信念を持って子どもたちを守っていきたいと思っています。
今話していただいた以外にも、大変なことはたくさんありますよね。
そうですね。私たちの仕事は未来ある子どもたちの命を預かっている大変な仕事ですから。
その反面、自分たちが楽しめなきゃ子どもたちも楽しめないので、「楽しい保育をしよう」っていうのがテーマでもあります。
手をかければかけるほど、子どもたちが帰ってからの仕事は増える一方、それをどう楽しんでやれるか。
ここのスタッフは、みんながんばり屋さんです。でもスタッフにも限界はあるので、子どもたちと一緒にいる間に時間をやりくりしてどんなふうにしたらいい仕事ができるか。そんなことを、今考えています。
保育士として、子どもを預かる仕事を25年以上続けられているからこそ出てくる話ばかり。
子どもたちがのびのびと過ごす保育園は、子どもたちの笑顔に負けないくらい、スタッフさんもイキイキとしていました。
WRITER
平野太一
CAKE.TOKYO 編集者。あたらしいものとおいしいものを求めて、プライベート・仕事を問わず、実際に訪ねることをモットーに、日々活動しています。 Twitter : @yriica
PHOTOGRAPHER
三浦咲恵
1988年大分県生まれ。City College of San Francisco写真学科卒。帰国後、株式会社マッシュにてスタジオアシスタントを経て、2014年鳥巣佑有子氏に師事。2016年独立。現在、ジャンルを問わず、雑誌・Web・広告等で活躍中。