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【ひとくちのふうけい】山陰に息づく、深緑の香り──老舗「桃翠園」の出雲抹茶

UPDATE:

CAKE.TOKYO編集部

古くから茶の湯と和菓子文化が息づく土地、島根県・出雲。
霧や曇天に恵まれた山陰の気候が芳醇な抹茶を育み、その風土とともに生きてきたのが、明治40年創業の老舗「桃翠園(とうすいえん)」だ。
百年以上の時を超えて続く茶づくりの現場には、伝統を守りながらも時代の変化に向き合う、六代目・岡祐太さんの姿がある。

ご紹介した商品はこちら

目次

島根という“風景”の入口

右:出雲大社/左:茶畑から臨む宍道湖

日本海に面し、ゆるやかに雲が流れる島根県。
出雲大社の荘厳な鳥居、穏やかに揺れる湖面の宍道湖——
この土地には、ゆったりとした時間と、静けさの中に息づく文化がある。

古くから“ご縁”を大切にしてきた出雲地方では、自然の恵みと人々の祈りが入り混じり、独特の暮らしの美意識が育まれてきた。
その風土が、もうひとつの文化を静かに生み出していく。それが、出雲の茶文化、そして出雲抹茶だ。

出雲の茶文化と桃翠園のはじまり

出雲の茶文化は、江戸時代の松江藩の政策にまで遡る。
延宝2年(1674)の大洪水をきっかけに、藩は領内での茶の生産を奨励し、やがて茶の湯文化が武家だけでなく町人や農民へも広まり、暮らしの中へ根付いていった。

採集の時期を迎えた、青々とした茶葉

「お茶はもともと贅沢品でした。でも、この土地では“人と人とを結ぶもの”として、暮らしの中に根づいていったんだと思います」
そう語るのは、出雲で百年続く老舗茶園「桃翠園」の六代目社長・岡祐太さん。

曇天の多い山陰の気候は、茶葉に旨みを蓄えさせる。
光合成の時間が限られることで、葉はより濃い緑をたたえ、まろやかで深みのある味わいを生む。
この自然の恵みを受けながら、桃翠園は百年もの間、出雲の風景と共にお茶を育ててきた。

桃園から茶園へ ― 創業の原点

桃翠園の原点は、実は「桃」だった。
初代・岡國次郎氏は、当時県の役人として地域の暮らしに寄り添う立場にあった。
茶産地でないため栽培や製造の技術が確立されておらず、品質の良いお茶が手に入らない時代、人々に喜ばれる嗜好品として「お茶」に着目したという。

桃翠園 6代目・岡 祐太さん

岡さん

「お茶って、当時は本当に貴重だったんですよ。良いお茶をこの地域の人に飲んでもらいたい。その思いで、桃の畑を茶畑に変えたんです。」

二代目の時代には、静岡から初めて「やぶきた」の苗を持ち帰り、茶の品質改良にも挑戦。
明治から昭和へ、時代が移っても、桃翠園の使命は変わらない。

“地元に良いお茶を届ける”——その想いを軸に、歩み続けてきた。

茶畑から茶碗まで ― 一貫生産の誇り

茶葉の製造工程

岡さん

「うちは茶畑から製品まで、一貫してやっています。これが他社さんと大きく違うところですね。」

岡さんは、現在も自社の畑を持ち、煎茶や抹茶、てん茶などをすべて自分たちの手で生産している。
山肌に広がる田畑を整備し直し、手作業で43万本をこえる苗を植えたという。
製茶からパッケージまで自社で完結させる仕組みは、品質の安定と価格の柔軟性をもたらす。

すべての工程を自分たちの目で確かめる

岡さん

「自分たちで作るからこそ、相場に左右されません。“納得できる品質のものを、適正な価格で出す”。それが、うちのやり方です。」

抹茶づくりにおいては、味わいのバランスも重視する。

岡さん

「品種をブレンドする時は、うまみの強い“さえみどり”に、香りを立たせるための別品種を少し合わせます。渋みが出すぎないように調整するのがポイントですね。」

6代目としての決断

その当時について語る岡さん。

——「いつか、島根を出たい。」
家と会社が近く、プライベートと仕事の境界がほとんどない日々。行事のたびに「桃翠園の岡くん」と呼ばれ、自分自身が“岡祐太”として見られる機会は少なかったという。

岡さん

「どこへ行っても、“桃翠園”という肩書で見られていたんです。だから、自分の力で生きていきたいという気持ちが強かったんですよね。」

関西の大学を卒業後、岡さんは東京へ。テレビ局の制作現場で、朝から晩まで走り回る忙しい日々を送っていた。
仕事は充実していた。責任あるポジションも任され、「自分の名前で勝負できている」という実感があったという。
そんなある日、現在の会長である兄・岡大樹さんが東京に出張で訪れた。久しぶりの食事の席で、仕事の話や会社の課題について語り合う中、ふと兄が切り出した。

——「島根に戻って、一緒にやってくれないか。」

その言葉に、岡さんは一瞬言葉を失った。家業を継ぐという選択肢は、心のどこにもなかった。

岡さん

「でも、“すぐに断る”という反応が出なかったんです。以前の僕だったら、迷わず“絶対に戻らない”と答えていたはず。それが“保留”だった。」

仕事も順調で、チームにも恵まれていた。それでも、どこかで自分の中に生まれた小さな変化を感じた。

岡さん

「0が1になった瞬間でした。だったら、一度挑戦してみようと思ったんです。」

そうして岡さんは島根へ戻り、桃翠園の6代目として新たな一歩を踏み出した。
かつて“外の世界”に憧れた少年が、いまは“内側の世界”にこそ未来を見出そうとしている。

変える勇気、守る覚悟

刈り取り作業を行っているところ

岡さんが家業を継いでから取り組んできたのは、“勘や経験に頼らない茶づくり”への転換だった。

岡さん

「農作物だから、どうしてもブレが出る。でも、その“ブレ”を減らしていくのが、僕の役目だと思ったんです。」

桃翠園では、茶畑の状態や収穫時期、気温、日照時間など、あらゆるデータを記録し、数値として蓄積している。

岡さん

「過去のデータを分析し、どのタイミングでどんな作業をすれば最も品質が安定するかを年間スケジュールに落とし込んでいます。365日、すべての工程に意味を持たせることで、“偶然ではないおいしさ”を実現できるんです。」

感覚に頼るのではなく、データに基づいた再現性のある栽培。その仕組みがあるからこそ、毎年、安定した品質で出雲抹茶を届けることができる。

岡さん

「お茶づくりって、自然と向き合う仕事です。だからこそ、自然の変化を数値で捉えて、“次の最適解”を導き出していく必要がある。それが、僕たちが守り続けるための“変化する力”だと思っています。」

抹茶は“名脇役”でいい

さわやかな香りと鮮やかな色味を放つ出雲抹茶

話を聞いていると、岡さんの言葉には一貫して“人”が中心にある。

岡さん

「抹茶が主役になることはないと思っています。でも、人の人生や時間の中に、そっと寄り添う存在であれたらいい。」

彼にとって、お茶はコミュニケーションの橋渡し役だ。

岡さん

「友達との会話が弾んだり、“この色、きれいだね”って笑顔になれたり。そういう瞬間に、うちの抹茶があったら嬉しいんです。おいしいお茶を作るのは当たり前。それを通して“人と人をつなぐ時間”を作ることが、僕らの仕事だと思っています。」

風景を、未来へ

“ひとくち”から垣間見える、茶畑に思いを馳せて。

岡さんが目指すのは、百年先の出雲にも“茶の香り”が残る風景。
そのために、伝統を守り、時代と共に変化しながら、人と地域をつなぐ新しい茶のかたちを模索し続けている。

岡さん

「お茶はいつの時代も”人”と共にあるもの。僕らの作る“抹茶”が、その人の一瞬を少しだけ豊かにできたら。——それで十分なんです。」

雲に包まれた出雲の空から差し込む光に、茶畑の緑が揺れる。
その風景の中で、静かに、しかし確かに、桃翠園の新しい物語が息づいている。

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SHOP INFORMATION

BRAND 株式会社 桃翠園
ADDRESS 島根県出雲市斐川町上直江1482
WEBSITE https://tousuien.jp/

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