都心から電車で30分。小田急線 向ヶ丘遊園駅から歩いて数分の場所に、週4日のみオープンする小さなシナモンロール専門店「CEYLON」があります。

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甘やかな香りに誘われるように開店前から長い列を作る人々のお目当ては、厳選されたスリランカ産シナモンを使ったシナモンロール。開店後30分ほどで完売してしまうことも多く、一部のスイーツファンの間では「幻のシナモンロール」とも呼ばれています。

こちらのお店をひとりで切り盛りするのは、オーナーの森麻里子さん。青年海外協力隊としてスリランカに滞在していた際に出会ったセイロンシナモンに感銘を受け、この素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたいとの思いから同店をオープンさせました。

2012年のオープンから6年目。「気づけばもうそんなに経っていた」と話す森さんに、これまでのキャリアの話から聞いてみました。

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お話を伺った人:森麻里子さん

製菓学校卒業後、個人菓子店、中国茶専門店勤務を経て、青年海外協力隊としてスリランカで製菓技術を指導。帰国後、外資系企業のチョコレートショップでキャリアを積み、2012年にシナモンロール専門店「CEYLON」をオープンする。

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「運命かもしれない」異国の地で出会った魅惑のスパイス

幼い頃から、パティシエという仕事以外は考えたことがなかったという森さん。青年海外協力隊での経験も含めた多彩なキャリアは、すべて1本の道でつながっているのだといいます。

パティシエとして修行するうちに、ひとつの食材の「味」というものを、もっとシンプルに見つめ直して勉強したいと考えるようになったんです。そんなとき、製法や淹れ方ひとつで味わいが変わっていく「お茶」がとても面白いなと思って。

なかでも中国茶は、緑茶から発酵茶まで、地域によってすごくいろいろな種類があるんです。現地へ足を運んで、ひとつの茶葉が人の手によってどんどん味わいや姿を変えていく様子を見たり、実際に職人の方の考えやこだわりなどに触れることで初めてわかることも多かったですね。

現地でしかわからないことというのは、もちろんスリランカでの経験にも通ずるものがあると思うのですが、青年海外協力隊とはかなり思い切った選択ですよね。

そうですよね(笑)中国茶専門店に勤務して3〜4年が経って、パティシエとして次のステップへ進もうと考えたときに、言語も文化もまったく異なる場所で、小さな頃から信じている「お菓子は幸せを生む」という力を試してみたいと思うようになったんです。

ずっと海外に出て経験を積みたいという想いはあったので、ヨーロッパで修行することも考えたんですけど、それだとみんなと同じになってしまう。もっと違う方向で自分にしかできないことはないかとずっと考えていて。

そんなとき、ふと目に入ったのが、通勤電車の吊り広告にあった青年海外協力隊のポスター。家に帰ってすぐに調べてみたら、自分が想像していたよりさまざまな職種で募集があることを知って。「これなら私でもいけるかもしれない!」と、選考を受けてみたんです。

周囲からの反対はなかったんですか?

周りの友人からは、協力隊での2年間がブランクになってしまうと大反対されましたね。でも、そのときに偶然上がってきた要請がスリランカからのものだったんです。学生時代からシナモンといえばセイロンシナモンが世界一だということは知っていましたし、スリランカは世界的なお茶の産出国。「あれ?これは運命かもしれない」と思って即決しました。家族にも「絶対こんなチャンスは巡ってこないと思うから、いってきます!」と半ば事後報告のような宣言のみで(笑)

現地で本場のセイロンシナモンと出会ったときはいかがでしたか?

学生時代に初めてセイロンシナモンと出会ったときも、その穏やかで甘いお花みたいな香りに感動したのですが、現地で出会ったものは、いままで私が知っていたセイロンシナモンはなんだったんだと思うほどの素晴らしさで。すごい!すごい!!と衝撃をうけました。

ジャングルみたいなところ一面がばぁーーっとシナモンの木になっている大規模農園から、家の軒先でつくっているものまで、栽培スタイルもランクもさまざまなんです。とにかくどれをとっても日本に販売されているものと全然違うんです。「本当にこのセイロンシナモンの良さを知ってもらわないとスリランカがかわいそうだ!!」と使命感を感じてしまったくらい(笑)

思い立ったが吉日!?すべて手作りのお店ができるまで

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オープン当時、ひとりでも寂しくないようにと友人に描いてもらったイラスト。男の子のモデルは息子さん

帰国した時には、すでにスパイス関係の仕事をしようと決めていたんですか?

いえ、当時はまだこういうかたちでとは考えていませんでしたね。帰国後、チョコレートショップで5年間勤務した後に独立について具体的に考えはじめたとき、真っ先に頭に浮かんだのが、セイロンシナモンを使ったお菓子でした。

アクセントとしてのスパイスではなく、シナモン自体を味わってもらうにはどうしたらよいかと考えたときに、ふと思いついたのがシナモンロール。日本でもすでに親しみがあるお菓子ですし、セイロンシナモンは熱を加えることでさらに香りが引き立つので、焼き菓子との相性がいいんです。そこからこのお店をオープンするまでわずか1ヶ月半。

そんなに短期間で!?

はい。お店づくりも、前のお店をバールで壊すところから、設計、施工まですべて自分たちで行なったんですよ。基礎の部分は経験のある友人にやってもらって、家族と友人の協力で壁や床の造作をして。さらに、シナモンロールの試作も同時進行で……って。本当に勢いだけで駆け抜けた感じですね。思い返してみても、もうあんな生活はできないと思います。(苦笑)

全然知らない土地、さらに駅からも離れた不便な場所なので、最初はお客さまがきてくれるか正直不安もありましが、外装のペンキを塗ったりしていたときに「何ができるの」って聞いてくださっていたご近所の方々がオープン当日から来てくれて。そんな方々に支えられて気がつけばもう6年目に。本当にありがたいですね。

毎日楽しんでほしいから。一期一会のシナモンロール

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「CEYLON」のシナモンロールは、この可愛いキューブ型も特徴ですよね。

はい。1つ1つ特注の型に入れて焼き上げています。うちのシナモンロールは、食感と口どけへのこだわりから、水ではなく豆乳で仕込んでいるんですけれど、理想の食感に仕上げるためには、四辺からほどよく水分が逃げていくこのかたちが最適だったんです。あとは、1つ1つにした方が、あなただけのためにって特別感も伝わるんじゃないかと思って。

ただ、つくり上げるまで約12時間ほどかかるので、自分ひとりで責任をもって丁寧につくれるのは、1日100個が限界。オープン当初は、周りの職人仲間から、ひとりでそんな手間のかかることをして続くはずがないって言われ続けてたんですけど、なんとかやってきてます(笑)

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シナモンロールだけでこれだけ種類があるのにも驚きました。

開店当初は定番のプレーンだけだったのですが、いまは日替わりの6種類を加えた計7種類で展開しています。毎日足を運んでも楽しんでもらえるお店にしたいなと思っていたら、自然とレパートリーも増えていって……多分300種類くらいはあるかと

300種類!!もともと「シナモン」を味わってもらうためのシナモンロール。シナモンを生かすためのフレーバーの組み合わせは、どのように生まれてくるのですか?

そうですね。シナモンは油分に香りが溶け込む性質があるので、シナモンロールとしては比較的どんなもの合わせやすいんです。たとえば香ばしいナッツやチョコレートをベースにバリエーションを展開してみたり、紅茶やコーヒーなどスリランカ産の素材と合わせてみたり。

あとは酸味とも相性がいいので、フルーツ全般とも合わせやすいですね。最近は、お友だちの農家さんが季節ごとにすごくいい果物を届けてくださいます。たとえば前日に届いたリンゴをちょっとキャラメリゼして合わせてみようとか、料理的な発想でどんどんレパートリーが増えていっています。あとは、シナモンの種類も素材ごとに少し変えてみたりとか。

あっ、シナモン自体も何種類か使い分けられてるんですね。

はい。そのシーズンシーズンで何種類か買い付けてきています。たとえば、ちょっとお花っぽい華やかな香りのだったらこっちに使おうかなとか。キリッとした風味が強いものだったら、こっくり系のチョコレートにも負けないかなとか。

シナモンの風味の違いというのは、品種がいくつかあるということですか?

いえ、植物としては一つなのですが、畑の土壌とか吹いてる風とか、海側か山側かとか、あとは育て方によっても違いが出てくるんです。なので、最初の頃は、電話、メール、手紙などいろいろな手段でコンタクトをとって、とにかくたくさんの農家をまわりました。

人と人とのつながりをすごく大事にする国なので、現在も買い付けに行く際は、極力多くの生産者に会いに行くなどして交流を続けています。

たとえば家族経営の小さな生産者だと、コンタクトをとるだけでも難しかったりしませんか?

難しいですね。そもそもどこに畑があるかがわからなかったり、現地の人しか知らない調達ルートがあったりもするので、赴任中に仲良くなった同僚に紹介してもらうことも多いです。粉になっているものでよければ、実際にシナモンを見てみますか?

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あれ?自分が知っているシナモンとは少し違います。ツンとした刺激がなくて、爽やかな香りがします。

よかったら、少し食べてみてもいいですよ。

すごい!全然辛くなくて、優しい甘みとアールグレイのような風味を感じます。そして、華やかな香りがふわぁっと鼻に抜けて、余韻がすごく長い。

ねっ、すごいですよね。生産者の方は、みなさん「うちのが一番だよ!」って言っていて、私も本当にその通りだと思っているんです。それぞれの個性を生かして、日本の方々にももっとその魅力を伝えていけたらなと思っています。

“本物のシナモン”を味わう究極のシナモンロール

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左から、プレーン 390円、マサラチャイ 430円、ユズ&ジンジャー 430円

この日店頭に並んでいたフレーバーは、プレーン、キトゥルハニー&トリプルナッツ、冬のラムフルーツ、マロン&アズキ、ユズ&ジンジャー、マサラチャイ、カフェ・ラテの7種類。今回は、森さんのおすすめでプレーン、マサラチャイ、ユズ&ジンジャーの3種類をいただいてみることにしました。

■ プレーン

純粋にシナモンの味わいを楽しめる「プレーン」。一口食べると、まずは白い花や柑橘系の爽やかな香りがふわっと鼻に抜けます。そして、「外はサクッと、中はプツッと歯切れよく、最後はすっと口のなかで溶けていく」という森さんの言葉どおり、軽やかな口あたりが印象的。生地がとけたあとには、ほのかな豆乳の自然な甘みと華やかなシナモンの風味が口の中に優しく広がり、その余韻の長さにも驚かされます。

しっかりとボリュームがありつつも、1つ食べた後に、もう少しだけ食べたいと思える絶妙なバランスも◎。

■ マサラチャイ

「マサラチャイ」は、有機栽培のウバに、シナモン、クローヴ、カルダモンを中心にブレンドしたマサラスパイスを合わせた、まさにスリランカ尽くしの逸品。石臼挽きしたウバの柔らかな風味、スイートスパイスの甘やかな香り、ミルキーなフロストが融合し、ふっと肩の力が抜けるような優しい味わいに癒されます。

■ ユズ&ジンジャー

季節のフルーツとジンジャーの組み合わせが楽しめるジンジャーシリーズ。秋冬限定の「ユズ&ジンジャー」に使用されているのは、日本一の柚子の里とも名高い徳島県木頭村の柚子。栽培してるのは、なんとスリランカ赴任時に現地で知り合った方なんだそう。

柚子ピールの爽やかな風味が鼻に抜け、後味にピリッとしたジンジャーの清涼感が口中を引き締めてくれることで、どんどんと食べ進められちゃいます。半分だけにするつもりだったのに1個丸ごと食べてしまった……なんて、食べすぎ注意の逸品。

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家族みんなが一緒に安心して食べられるように、お菓子の素材はできる限り国産やオーガニックのものを使用しています。対面販売にこだわっているのも、お客様に直接素材のお勧めをお伝えできるから。あとは、やはり自分のパティシエとしての原点として、相手の笑顔がみるのが嬉しいというのがあるので、どんなに忙しくてもそこはこれからも続けていきたいですね。

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卵アレルギーでも安心。卵不使用のシナモンクッキー

未来への原動力はスリランカへの感謝から

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将来的には、シナモンだけではなく、セイロンスパイス全般の普及にも力を入れていきたいという森さん。現在はその一歩として、年に数回スリランカ料理教室なども行なっているそうです。

私自身スリランカにすごく成長させてもらったので、より多くの人にスリランカの魅力を知ってもらうことで恩返しをしていきたいと思っています。たとえば日本でもっとスリランカのスパイスが広まれば、日本への輸出が増えて現地で新しい仕事が生まれるでしょう。ゆくゆくは、シナモン以外のスパイスの輸入卸売にも力を入れていきたいですね。

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おっとりとした口調ながら、瞳をキラキラさせながら本当に楽しそうにスリランカやシナモンについての強い思いを語ってくださった森さん。お店を出る頃にはそのパワーを分けてもらったのか、なんだかすごく清々しい気分になったのが印象的でした。

週4日の営業日以外にも、不定期で各地のイベントなどにも出店されているので、ぜひFacebookページも合わせてチェックしてみてください。

SHOP INFOMATION

NAME CEYLON(セイロン)
URL http://ceylon.jp/
ADDRESS 神奈川県川崎市多摩区登戸1813
TEL 044-911-9017
OPEN 火・水・金 14:00~16:30 、土 11:00~14:00 ※売切次第終了
CLOSE 月・木・日・祝祭日

※他、臨時休業する場合があります