東横線・都立大学駅からすぐの、目黒通り沿いにお店を構える「ちもと」。そこで昭和40年の創業以来、多くの人々にお店の顔として親しまれている和菓子が「八雲もち」です。

毎日売り切れてしまうほどの人気ぶりは、その裏に隠された和菓子作りへのこだわりがあってこそ。先代から受け継がれた「本物」を提供する揺るがない姿勢と、お客様への心遣いについて、2代目の石原謙さんに熱く語っていただきました。

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竹の皮でできた包みをほどくと、くたっとして繊細な八雲もちが姿を現します。手で持つと、思った以上のやわらかさにびっくり。持ち上げてもぎりぎり形が崩れない、絶妙な感触があります。

そっと口に運ぶと、私たちの認識している「おもち」とは違う、マシュマロのような軽い食感にまたもやびっくり。黒砂糖のやさしい甘さと、細かく刻まれたカシューナッツ(!)の食感がマッチして、口の中で溶けていってしまうのが惜しいくらいです。

別荘地で人々に愛された上生菓子を東京にも

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※上生菓子…生菓子の中でも、上質で高価な分類の和菓子のこと

ちもとは、以前東京にあった本店から暖簾分けされ、軽井沢、箱根、そして都立大学と、3つの店舗を構えます。それぞれ本店で修行をした職人さんが開業したもので、八雲もちを開発した先代もその一人。

そもそもの始まりは、その昔、本店のちもとが夏の間限定で軽井沢での販売を行い、別荘に避暑できている人々に和菓子を提供していたことでした。

自転車で別荘を周り、注文をとっては3時のおやつどきに間に合うように和菓子の配達をしていた先代は、独立する際に彼らが本家として多く住んでいた都立大学駅のある「八雲」にお店を立てることを決意します。長年愛される地元の銘菓を作りたい、という想いから生まれたのが「八雲もち」でした。

本店のちもとの定番商品であった「ちもともち」をベースに、オリジナリティを出した和菓子を作ろうと思案していたとき、偶然食べた中華料理がきっかけで、和菓子にはまず使われることのない「カシューナッツ」を練り込むアイデアを思いつきます。

その後50年。八雲もちは先代の思い描いた通り、八雲の地を代表する和菓子として、人々に愛され続けてきました。

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八雲もちのつくり方はとてもシンプル。もち粉に上白糖と黒糖、寒天とメレンゲを混ぜた和菓子の材料「泡雪(あわゆき)」、そして砕いたカシューナッツを加え、混ぜ合わせて完成。

「大事なレシピをそんなに簡単に教えてしまって大丈夫なんですか?」と、2代目の石原さんに伺うと…

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石原みなさんにいつも大事に食べてもらってありがたい、という気持ちが作るときに加わり、それが美味しさになるんです。真似できそうでも、できないと思いますよ。

と、かっこいいお返事をいただきました。

ちもとでは、八雲もちのほかにも季節に応じた上生菓子を常時数種類取り揃えています。すべてのお菓子作りにおいて大事にしているのは、「その時期に一番おいしい材料で、余計な手を加えずに作る」こと。

石原例えば、あんこに使う小豆も日本各地の取引先からまず少量を仕入れて食べ比べ、一番いいと思うものを使います。そうすると、必然的に毎回材料費が変わることになるのですが、商品は決して値上げしません。その時々で一番美味しいものを作るのは当たり前のことでしょう?

と、石原さん。

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ちもとの和菓子は、「◯◯産の◯◯でつくりました!」なんて、声高に発信したりもしないのだそうです。もしそんな謳い文句を掲げた張り紙を出すくらいなら、その経費をお菓子の材料代に当てたらいい、という考えがあるからです。

石原無駄な手を和菓子に加えないことで、手頃な価格で『本物』の味をお客様に提供したいという想いから、あえてシンプルなレシピにしています。それを理解してもらって生まれた信頼関係から、長い間お付き合いいただいている常連さまがたくさんいるんです。

本物って色っぽい。ちもとの和菓子作りにリンクした店内

「本物」へのこだわりは、お菓子だけにとどまりません。お店に伺ってまず、店内の行き届いた空間創りに目を見張りました。こじんまりした中にも、いたるところに「ちもとイズム」が詰め込まれています。

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石原店主が父から私へと世代交代する際に、八雲もちを通してある建築家の先生と知り合うきっかけがありました。それで、『本物』を追求した店内を作ろうという話になったんです。先生は建築家として一切妥協を許さない人で、それがちもとの考えとリンクした部分でもありました。

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このグレーの壁は、ちもとのために本物のコンクリートを流し込んでその場で作ったもの。お菓子が収められたショーケースのガラスは、なんと厚さ25㎜もあるんだとか! レジ前にはめられた格子も、本物の「鉄」でできています。

石原本物って色っぽいじゃないですか。長年見ていても飽きないし、ちょっとやそっとじゃ壊れない。ちもとの和菓子作りに対する姿勢を、内装からも感じてもらえたらうれしいですね。

石原さんのこだわりから、ちもとのファンが絶えない理由が分かってきたような気がしました。

ちもとにはイートインスペースがあり、八雲もちをその場で食べることができます。お茶とセットで出してくれるその食器類もまた、素敵なんです。

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秋冬は漆のお盆、5月中旬からは、ガラスのお盆に乗せてお菓子を提供しているそう。季節の移り変わりを大事にしてきた日本人の感性を考えさせられる瞬間でもあります。

独り占めしちゃもったいない。思いやりの魔法にかかるお店

また、ちもとでは7月からかき氷の提供もしています。これが現在若い人に大人気。開店前から行列ができるほどです。かき氷を食べた後にショーケースをのぞいて、「お母さんに和菓子でも買っていこうかな」とおみやげを購入する人も少なくないそうです。

八雲もちをいただいたときにふわっと思い浮かんだこと。それは「お世話になっているあの人にもこれを食べてもらいたいな」という自然な感想でした。一緒にいたスタッフたちも、「今度実家に帰るときに持っていきたいな」とぽつり。そのことを石原さんに伝えると、

石原長年ここでお店を営んできて、『本物』に対する真摯な態度は、お店側からあえて宣伝をしなくても、人から人へ評判が伝わるものだと実感しています。自分だけ食べて終わりではなく、そうやってお客様が美味しさを大切な人におすそ分けしてもらって、ちもとは成り立っているんです。だからこそ、美味しい和菓子をこれからも作り続けることが、私たちの使命だと思っています。

シンプルなレシピで生まれるちもとの和菓子が、そう簡単に真似できないのは、材料選びも、お店づくりも全部をひっくるめて「本物」だから。

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暖簾をくぐってお菓子を口にすると、自然と「大切な誰か」を思い起こさせる、ちもとの魔法にかかるのかもしれません。