わたしの母は、料理のときに計量カップやスプーンを使いません。すべて目分量です。それでも料理はどれも薄味なのにおいしい。それを当たり前と思っていたけど、いざ自分で台所に立っても同じようにはできませんでした。

最近はどうもレシピサイト任せ。家庭の味はいつまで経ってもできなくて、母の味を真似ようと思っても近くにいないので見ることも教えてもらうこともできずにいます。

そんな毎日の中で世田谷区桜新町にある「タケノとおはぎ」に出会いました。

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”タケノ”はオーナーのおばあさまの名前で、おはぎはそのおばあさまから教えてもらったものだそうです。

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写真左:「こしあん」は甘さひかえめでさっぱり。お米とあんこが融合していて、上品だけど気取らない味です。不思議なくらいにぺろりと食べられました。

写真右:「ナッツ」は香ばしいナッツが驚くほどにおはぎに合います。ザクザクした食感も楽しい。

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写真左:「麻の実きなこ」はきなこおはぎが大好きなわたし。懐かしいのに新しいのは、麻の実と白あんが隠れているからでしょうか。

写真右:「リンゴンショコラ」はおはぎにショコラ? と想像できずにいましたが酸っぱいリンゴンベリーとココアパウダーが合う!パンを食べているような気持ちに。

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家庭の味を受け継ぐこと、それをベースにお店を出すこと、どんどん聞いてみたいことが生まれてきたのをきっかけに、取材を申し込みました。お話しいただいたのは「タケノとおはぎ」オーナーの小川寛貴さんです。

通された場所は、隣りにある同じく小川さんが営む洋風のお惣菜屋「APRONS FOOD MARKET」でした。

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小川さん

経験を紐解いていたら、おはぎにぶつかった

まず、どうしておはぎ屋を始めたのか教えてもらえますか?

小川もともと僕は「APRONS FOOD MARKET」というデリカテッセンを経営していたんです。ワインと洋風のお惣菜のお店です。惣菜がメインなのですが、このお店で焼きリンゴとかほんのちょっとスイーツを出したときに、お客さまから好評で。タイミングよく隣の物件が空いたので、何かできないかと考えているとき、「これだ!」と思ったんですね。

ただ、スイーツというより、今度は“和のもの”をつくりたいとも思いました。何にしようかなと考えていたとき、祖母から教えてもらったおはぎの存在をふと思い出したんです。

“和のもの”をやりたくなったのは、どうしてですか?

小川この惣菜屋のスタイルはすごく好きなんです。お客さまに対面で「おいしい」って言ってもらえるのもうれしいですね。だけど洋風の食べ物をつくってきた経験にプラスして、今度は自分で発信できるものにしたいなと。

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エプロンズ

小川今は海外の流行を持ってきて、ブームになることが多いですよね。自分も海外のレシピを取り入れているだけで、ちょっと息苦しいなと感じていました。

2020年には東京でオリンピックがありますし、これからは日本が発信する側になると思うんです。それを考えたら和菓子がいいなと確信しました。

それで、おはぎに。

小川そうですね。新しいものをつくるとき、自分の知らないことを勉強しても新しいアイデアって出てこないと思うんです。だから自分のことを振り返って「俺、ばあちゃんのおはぎ好きだわ」って気づいたんですよ。

おはぎ屋って珍しいなって思いました。

小川 この辺だとそうかもしれません。でも前に大阪に行ったときに、和菓子屋が街に定着していると思ったんです。

おはぎって自宅でそんなにつくりませんよね?そういう家の味をもう一回、知ってもらう、じゃないですけど…。

ちなみに僕、あんこ自体はそんなに好きじゃないんです。でもばあちゃんのおはぎは好きで食べられた。だから「コンビニのおはぎしか知らない」じゃなくて、本当に手づくりのおはぎをやりたいなって思いました。

おはぎづくりは惣菜づくりと似ている

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こしあんとつぶあん以外のナッツやフルーツが入った5種類のおはぎは、どうやって思いついたんですか?

小川実は、惣菜のつくり方と同じ発想なんです。

こしあんとつぶあん以外の5種類は、白いんげん豆を使った白あんがベースになっているんですね。

白いんげん豆は、ヨーロッパではサラダやペーストに使われていて、ハーブやスパイス、ナッツ、ドライフルーツと合うんですよ。だから惣菜屋でやってることとほぼ同じで。白いんげん豆とナッツが合わないわけがない。

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ピスタチオやカシューナッツをつかったおはぎ「ナッツ」280円

惣菜屋での経験との組み合わせですね。

小川お惣菜と同じ感じで、新しいものを生み出すというよりは、もともとあるものとの掛け合わせです。パンにもドライフルーツやナッツが入っていますよね。僕、パンが好きなので、パンの組み合わせからアイデアは持ってきています。

食材の状態に合わせて、ベストな形で提供したい

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デリのお店は、どうして始めようと思ったんですか?

小川僕が学生だった2000年くらいに、都心でデリが増えたんです。そのときにいいなと。海外に行ったときにも「やっぱりデパ地下とは違うな」と感じましたね。

デパ地下とデリの違いって、どんなところにありますか?

小川デリはつくっている人と売っている人が同じ、というところが一番の違いです。

だから「いつもはこのメニューだけど、今日のトマトは熟しているから煮込みにしよう、今日はフレッシュだからサラダにしよう」という調整ができるんです。

食材の状態に合わせるって、急に生活感というか生きている感じが出ますね。

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小川デリと同じで、おはぎもなまものなんです。そのシーズンでも食材の状態って変わるから、メニューが画一的だと、どんな食材の状態でも同じ味をつくらなきゃいけないというストレスがある。特におはぎは、その日のうちに食べてもらうものだし、保存もできません。だからそのときにフレッシュなものを出しています。

ばあちゃんのおはぎがおいしかったのも、鮮度がよかったからだって思うんです。あんこは日持ちが良くて2週間近く持つけど、どんどん豆の風味は落ちていきます。一番おいしい状態で食べてもらえるように、あんこは前日に炊いて準備しているんです。

あんこやお米も同じように、状況に応じて種類を変えているんですか?

小川豆も時期だったり取れたり取れなかったり、味も変わってきたりするので、特定のものには決めてないです。

今、あずきは北海道の「とよみ大納言」を使っていまして、浅草の仲良くさせてもらっている豆屋さんに相談にのってもらいながら、決めています。お米もそうです。僕がもともと和菓子畑じゃないから、素人なんです。だからプロの方たちに教えてもらいながらやっていますね。

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おはぎが主役になる、お店の内装

お店の内装は、どう決めたんですか?

小川世田谷通り沿いにある「わたほろ製パン店」というパン屋さんがすごく好きなんです。本当においしくて、雰囲気もすごく好きで「どうやって内装つくったんですか?」って聞いたんです。そうしたら、照明デザイナーの浅見育代さんを紹介してもらえることになって。

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ランプがぐるん、となってますよね!

小川そう、あれかわいくないですか? 僕がお願いしたのは「本当におはぎしかないから、おはぎが一番目立つようにつくってほしい」ということだけです。

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あの植物もですか?

小川あれはお惣菜屋のお客さまにフラワーアレンジメントの方がいらして。おはぎ屋の周年のお祝いに枝ものをいただいたんです。それを置いたらものすごく良かったので、今は通年で置いています。

あと、店内には音がないんですよ。どんな音楽をかけようかって悩んで、何をかけても合わなかったんで、無音になりました。

静かで、おはぎの木箱を開ける音とかもすごいビビットに聞こえてきますよね。

小川それにこのお店はたくさんの人からアドバイスをもらってできていて。おはぎを包むときのマスキングテープもスタッフのアイデアですしね。

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「桜新町」でお店をするということ

時期じゃないのに、桜のおはぎがあるんですね。

小川桜だけなんです。季節違いでもやっているのは。ここが桜新町だから。

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実際に八重桜の塩漬けをつかっている「藻塩と八重桜」250円

小川桜新町のこの通りの並木は、全部八重桜なんですよ。だから、藻塩と八重桜っていうおはぎ。この桜新町で始めたと知ってほしかったんで、桜は春以外も出しています。

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なんだか、生活に密着している感じがします。

小川おはぎって家庭の味なんです。だから特別なことはしていません。丸いものは丸いものに入れるとか、区切りがいいのはだめとか、ばあちゃんから教わったことをやっています。

だから、小豆も何キロって決めずにちょっと多めに測ったり、あんこに入れる塩もばあちゃんはほんのちょっと。僕は料理をやっているので「ばあちゃん、それじゃ入れる意味ないよ」って言うんですけど、ばあちゃんは「いいんだ、おまじないだから」って。

だから特別なことはしてないですし。うちのあんこも特別なものでもなく、世界で一番おいしいものでもない。街にある家庭の味だから。

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取材中、小川さんの話の中で「祖母」から「ばあちゃん」に変わった瞬間がありました。そのときにふわりと、家族や毎日の営みへの愛おしさが垣間見えた気がします。

帰り道、インターネットが一般的になった今だからこそ感じる人の温かみをじんわりと感じました。完璧じゃないからこその愛おしさを、特別じゃない毎日から生まれたおはぎを、小川さんはこれからも発信していくんだと思います。

SHOP INFOMATION

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ADDRESS 東京都世田谷区桜新町1丁目21-11
TEL 03-6413-1227
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