【横浜・鶴見】しみじみと時を味わう「珈琲専門店 山百合」
フードイラストレーター
まるやまひとみ
ドラマや映画のロケ地にもなった商店街が東西にあり、多国籍・多文化の街として古きよき風情が残る「鶴見」。再開発により変わりつつある駅周辺から路地へと進んでいくと、今も居酒屋やスナックが立ち並ぶ昭和の空気が漂っている。
京急鶴見駅東口を出て小路を進んでいくと、十字路の角に山吹色の壁が印象的な「山百合ビル」が現れる。正面に大きく刻まれた店名がインパクトを与える「珈琲専門店 山百合」は、1975年に創業した喫茶店。
昭和の時代から、時が止まったかのような佇まい。年季の入った扉を開けると、砂時計をひっくり返したように“今”が動き出す。
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
飲み屋街の一角が運命を変える
先代が建てたとされる「山百合ビル」
「珈琲専門店 山百合」があるのは、かつて「三業地」として栄えていたエリア。
“山百合”という名前の由来は定かではないそうだが、先代が花屋を営んでいたことが関係しているのでは、とのこと。
山百合の花言葉はいくつかあるが、その中の「飾らぬ美」というのがこの店にぴったりな気がする。
きれいに整ったテーブルクロスが上品。
年月を重ね深みを帯びた木、壁紙。静かな店内に流れるラジオ。ぶら下がったサイフォンがかっこいい。
渋さの中にかわいらしさを覗かせるインテリアや窓枠に思わず全体を見回してしまう。昭和の時代を感じさせる装いは今の世代の心にも響く。
昼を過ぎるとほどよく日が差し込みテーブルを明るく照らす。
しかし、この歴史ある店にも閉店の危機があった。コロナ禍で休業したことをきっかけに、先代は店を閉じようと考える。
余波が残る2021年、教員を辞め留学の準備を進めていた二代目マスターは偶然にも「珈琲専門店 山百合」と巡りあう。知人から「後継者を探している喫茶店があるんだけど行ってみない?」と誘われたのだ。コロナが影響し留学も見送られていた矢先だった。経験も知識もなかったため、話があれば断るつもりで店を訪れることに。
しかし扉を開けた瞬間、胸の奥にぽっと灯るものが。店内の雰囲気に惹かれ、先代の想いに触れた瞬間、思わず「やります」と即答していたという。
「とりあえずやってみよう」
勢いではあったが、山百合を残したいという先代の気持ちが不思議と重なった。
だが現実は甘くない。
経営も料理も未経験。できないことばかりで店を開けることが不安でたまらない時期もあったそう。それでも「ほかの誰かにできるなら、自分にもできるかもしれない」という小さな希望を頼りに地道に努力を積み重ねていった。
一歩踏み出す勇気を
手書きのメニュー表。「コーヒ」「ビィール」「パスター」など、ひとくせあるのがこれまたツボ
メニューのほとんどが先代から引き継いだものではあるが、それに加えて新しいメニューや日替わりのランチも生み出している。
デザートについては常連さんに食べたいものをたずね、声が上がった中から試作を重ねてあみ出した。今回紹介するデザートもその一つだ。
今、ここは二代目マスターの店である。受け継いで5年目。街の風景は、今も刻々と変わり続けている。継承することの大切さと難しさ。全てを理解したうえで、一歩踏み出す勇気を持って挑戦し、今求められていることを敏感に受け取りながら時代に合わせ変化を加えていく。
ランチはこれにコーヒーもつく。
とくに大きな変化を遂げたのは「ナポリタン」。山百合のナポリタンは日本ナポリタン学会にも認定された一品。
醤油・鷹の爪・にんにく・こしょう・バジルソースなどを使って仕込んだナポリタンソースは創業時から変わらない。しかし以前はやや汁気の残るあんかけテイストだった。
多くの喫茶店のマスターたちと交流を重ねることで「前の通りにしなくていい」という気づきが生まれ、「自分の味」を作る勇気を得られたのだそう。受け継ぐだけでは前に進めない。
助けてくれる先輩マスターから学びを得て、業界の温かさに触れながら大好きな“山百合”とお客さんを守っていきたいと、思いはさらに深まる。
焦げ目こそ、おいしさの証。
強火で一気に火を入れ水分を飛ばし、ぐっと凝縮した旨味が麺に絡む。レトロな赤ウインナーにシャキシャキの玉ねぎとピーマン。しめじ入りが特徴的。
以前のつるりとした印象から一転し、香ばしい“焦げの旨さ”に驚かされ、ケチャップの甘さと香辛料のパンチに箸が止まらなくなるナポリタンだ。
パスタの量が選べるのも嬉しい心づかい。そう、このナポリタンをいただくと無性に甘いものを求めてしまうのだ。
ケチャップに満たされた口をさっぱりさせるやさしいデザート。食後だけでなくおやつにもおすすめな特製スイーツをコーヒーとともにいただこう。
ケーキのような食べ応え!新しい山百合の味(イラストあり)
ケーキのような食べ応え!新しい山百合の味(イラストあり)
今回いただいたのは
●ティラミス ¥600(税込)
●山百合コーヒー ¥600(税込)
マスターお手製のティラミスは、「一度食べたらまた食べたくなる」とリピーターの多い人気者。
ほどほどのボリュームで重くなりすぎない、ちょうどいいサイズ感もありがたい。
テーブルクロスを背景にしたゴージャスなテーブル。
ティラミスを乗せた器も美しく、互いを引き立て合う。王道のレシピではなく、軽めのホイップクリームにクリームチーズを混ぜ込んだオリジナル。
代わりにボトムとして卵のコクがリッチなマフィンを使い、山百合ブレンドを染み込ませてクリームと重ねている。
口に入れると、ところどころに残るクリームチーズのねっとりとした舌触りが感じられ、濃厚さを呼ぶ。酸味と塩気、ほろ苦さが重なって口の中で一つに。
落ち着いた甘みが心までほっとさせ、ひと口味わうごとにコーヒーを誘ってくる。
きらびやかなカップ&ソーサーはコーヒーが入るとより輝いて見える。
「山百合ブレンド」は創業当初からお付き合いのあるコーヒー豆屋さんに依頼して作っていただいている。
芳醇な香りが鼻を抜け、カップの縁の薄さがコーヒーの風味を繊細に拾う。
マイルドな苦味がすっと引き、後味はとても軽やか。やさしい香味は冷めてもなお匂い立つ。
使い込まれたサイフォンから麗しい香りが立ちのぼる
コーヒーはサイフォンで一杯ずつ淹れてくれる。
最初は加減やタイミングがわからず苦戦したというが、受け継いだ当初から格段においしさが増していた。酸味や苦味、どちらかが突出することなくバランスよく広がる。
不安や迷いが取れたようなクリアで丸みのある味わい。手際よくサイフォンを操るマスターはたのもしく、ただただ「かっこいい!」とその姿を眺めていた。
街の喫茶店という広く深い文化を守りたい
ランチのコーヒーは別のカップで提供。器を眺めるだけでも安らぐ。
パートさんがいない時はひとりで切り盛りすることもあるが、隙を見つけては様々な場所へと出向き学びを得る努力家のマスター。
メディアへの積極的な出演やイベントの参加といったことにもどんどん挑んでいく。
昔からの常連さんが離れてしまう寂しさはあれど、実績を増やし成長を見せることで理解を得ようと必死に踏ん張る。
その原動力は支えてくれるお客さんと喫茶店の先輩たち、そして覚悟だ。創業以来鶴見の街で愛されている喫茶店は、変化の波にのまれながらも静かに灯りを守り続けてきた。
逆光で浮かび上がる窓際の模型。
後継者がいない、建物の老朽化、その他さまざまな理由で昔ながらの喫茶店が姿を消しつつある。
自分の店だけ残ればいいのではない。“日本の文化”として残すために、日々頑張っている喫茶店を応援したい。自分のことでいっぱいいっぱいになりながらも、常に周りを思いやる心を大事にしている。
その心が閉店を悩む先代と気持ちが通じ合ったのかもしれない。入店した直後はドキドキするのに、座席に座ると不思議とその場に馴染んでしまうアットホームさ。
喫茶店が持つ独特の温もりを絶やさないために、私もできる限り足を運んでいきたい。
SHOP INFORMATION
| SHOP | 珈琲専門店 山百合 |
|---|---|
| WEBSITE | https://x.com/oideyo_yamayuri |
| ADDRESS | 神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央4-21-12 |
| OPEN | 【平日】11:00〜19:00 【土日祝】12:00〜19:00 ※ラストオーダーは閉店の30分前 |
| CLOSE | 月曜日+不定休 |
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