【ひとくちのふうけい】“こぼこぼ”食感が育む、芋畑の景色。──五郎島金時と農家「かわに」の挑戦
CAKE.TOKYO編集部
日本海から吹く潮風が、畑の上を静かに渡っていく。
金沢市北部、五郎島地区。
足元の砂をひと握りすると、指の隙間からさらさらとこぼれ落ちる。水を抱え込まないこの砂丘地は、一見すると農業に向いているようには見えない。しかし、この土地だからこそ生まれる味がある。
加賀伝統野菜のひとつとして知られる「五郎島金時(ごろうじまきんとき)」。
近年は蜜があふれるような“ねっとり系”のさつまいもが人気を集めているが、五郎島金時は少し違う。
口の中でほろりとほどける食感。そして上品な甘み。そして地元の人々が昔から親しみを込めて語る、“こぼこぼ”という独特の味わい。
今回、編集部が訪ねたのは、五郎島金時の栽培から加工、販売までを手がける農業法人「かわに」。
専務の河二利勝さん、そして代表・河二敏雄さんへの取材を通して見えてきたのは、一つのさつまいもの物語ではなかった。
そこには、土地とともに生きる人々の歴史と、農業を未来へつなごうとする挑戦があった。
海と砂が育てた、“五郎島金時”の原風景
日本海を望む砂丘地に広がる五郎島金時の畑
日本海に面した五郎島地区では、古くから砂丘地を利用した農業が行われてきた。
海から運ばれた砂によって形成されたこの土地は、水はけが良い反面、水も肥料も留まりにくい。
農業には決して恵まれた環境ではない。
しかし、その厳しい条件こそが、五郎島金時ならではの味を育んできた。
畑を案内してくれた河二利勝さんは、遠くに見える海を指差しながら話す。
利勝さん
「砂地って、農業には向かないと思われがちなんですよ。でも、この環境だからこそ“五郎島金時”が育つんです」
水分を抱え込まない土壌。潮風が吹き抜ける環境。長い年月をかけて培われた栽培技術。
そのすべてが重なり合い、五郎島金時特有の“こぼこぼ”とした食感を生み出している。
現在、「かわに」は五郎島金時の栽培だけでなく、焼き芋やペースト、加工品の開発まで手がける地域を代表する農業法人へと成長した。
その礎を築いたのが、代表の河二敏雄さんだ。
代表・河二敏雄さん。長年にわたり五郎島金時の栽培に携わってきた
河二家は三百年以上続く農家の家系。
しかし、敏雄さんが農業の道を選んだ当時、その決断は決して歓迎されたものではなかった。
敏雄さん
「親からは反対されましたよ。農業は大変だから、会社員になった方がいいって」
高度経済成長期を経て、多くの若者が農村を離れ、都会へ向かっていた時代。
農業は“継ぐもの”ではなく、“離れるもの”になりつつあった。それでも敏雄さんは農業を選んだ。
理由は驚くほどシンプルだった。
敏雄さん
「農業が好きだったんです」
そう言って笑う敏雄さんの表情は、実に晴れやかだった。
大学では農業経営を学び、卒業後は五郎島の畑と向き合う人生を歩み始める。
土地を守ること。
作物を育てること。
そして地域の農業を未来へ残すこと。
大学で農業経営を学び、畑に立ち続けた日々。
しかし、敏雄さんが「農業の価値」を本当の意味で知ることになるのは、ある出来事がきっかけだった。
1995年1月17日。
阪神淡路大震災である。
震災が教えてくれた、さつまいもの可能性
多くの命と暮らしを奪い、日本中に大きな衝撃を与えた“阪神淡路大震災”。
当時、敏雄さんもテレビに映し出される被災地の様子を見ながら、いてもたってもいられない気持ちになったという。
「何かできないだろうか」
農家として。
さつまいもを作る人間として。
自分たちにできることを考え続けた。
仲間たちと話し合い、被災地へさつまいもを届けようと準備を進めた。
しかし、行政から返ってきた答えは意外なものだった。
ー「芋はいらない」
被災地では物流が混乱し、必要な支援物資も刻々と変化していた。
“さつまいもを届けたい”という思いはあっても、受け入れ体制が整っていなかったのだ。
それでも敏雄さんは現地へ向かった。
神戸に住む友人から、「食べるものも着るものもない」という連絡が入ったからだ。
実際目にした被災地は、テレビに映し出されていたよりも、想像をはるかに超えていた。
建物は崩れ、道路は寸断され、人々は避難所で不安な日々を送っていた。
食事は十分とは言えず、温かいものを口にできる機会はほとんどない。
そんな中で耳にしたのが、「温かいお茶が飲みたい」という声だった。
敏雄さんたちはなんとかお湯を沸かし、避難している人たちに配った。
それだけのことだった。
しかし、受け取った人の中には涙を流して喜ぶ人もいたという。
「今思い出しても忘れられないですね」と、敏雄さんは静かに語る。
食べ物や物資だけではない。被災地で人々が求めていたのは、温もりだった。
さらに現地で目にした光景がある。
瓦礫の隙間で、焚き火のような火を囲む人々。
そこにはアルミホイルに包まれたさつまいもが置かれていた。焼き芋だった。
空腹を満たすために。
体を温めるために。
子どもから高齢者まで、誰もが食べられるように。
さつまいもは食料であり、暖房であり、人の心を支える存在でもあった。
敏雄さん
「さつまいもって、すごいなと思ったんです」
保存ができる。調理が簡単。栄養がある。
そして、人を元気にする力がある。
そのとき敏雄さんは、自分が長年向き合ってきた作物の価値を改めて知った。
「自分の一番の宝は、このさつまいもなんだ」
それは単なる農作物ではない。
人を支え、地域を支え、未来へつながっていくもの。
その確信が、現在の「かわに」の原点になっている。
敏雄さんが「自分の宝」と語る五郎島金時
その日から敏雄さんにとって、五郎島金時は「育てる作物」ではなくなった。
人を支え、地域を支え、未来へつなぐ存在。
現在の「かわに」へと続く歩みは、ここから始まっている。
「こぼこぼ」が生まれる理由
五郎島金時ならではの食感を育む砂丘の土
五郎島金時の魅力をひと言で表すなら――。
地元の人たちは迷わず「こぼこぼ」と答えるかもしれない。
金沢では昔から親しまれてきた表現だが、県外の人にはあまり馴染みがない言葉だろう。
「ほくほくとも少し違うんです」そう話すのは利勝さん。
五郎島金時を口にすると、まず感じるのは軽やかな口当たり。そして噛むほどに、細かな粒がほろりとほどけていく。その様子を、金沢では昔から「こぼこぼ」と呼んできた。
近年人気を集める、ねっとり系のさつまいもとは対照的な魅力だ。その食感を生み出しているのが、五郎島特有の砂丘地である。
砂地は水はけが良い。そのため余分な水分を抱え込まず、芋の中に甘みや旨みが凝縮される。
一方で栽培は難しい。雨が降っても水はすぐに抜けていく。肥料も流れやすい。
毎日のように畑の状態を確認しながら、最適な環境を探り続けなければならない。
利勝さん
「自然相手なので、その年ごとに答えが違うんです」
収穫されたばかりの五郎島金時。土をまとった姿から畑の風景が伝わる
肥料は九割以上が有機由来。葉ばかりが大きく育たないよう調整しながら、芋へ栄養を集中させる。畑ごとに状態は異なり、同じやり方が通用するわけではない。
だからこそ経験が必要になる。
そして、その積み重ねが五郎島金時の味を作っている。
畑の土を手に取ると、指の隙間からさらさらとこぼれ落ちる。
その砂丘地が育てる芋もまた、「こぼこぼ」とほろりとほどける。
まるで土地の個性そのものが、芋の中に宿っているようだった。
経験だけでは、未来は守れない
収穫機を活用しながら、効率的な農業にも取り組んでいる
敏雄さん
「農業も経営なんです」
学生時代に農業経営を学んだ経験は、今も農業への向き合い方の根幹にある。
かつては経験や勘で乗り越えられたことも、時代の変化とともに難しくなっている。
気候変動による収量の変化。
資材価格の高騰。
人手不足や高齢化。
農業を取り巻く環境は年々厳しさを増している。
だからこそ必要なのが、数字で考える視点だという。
敏雄さん
「困ってるだけじゃダメなんです。どれだけ作って、どれだけ売れて、どれだけ利益が残るのか。そこを見なければ農業は続けられません」
農業は自然相手の仕事だ。
しかし同時に、事業でもある。
感覚だけではなく、数字をもとに判断し、未来へつなげていく必要がある。
例えば夏場の水管理ひとつを取ってもそうだ。現在は遠隔操作によって管理できる技術も存在する。しかし導入コストは決して安くない。
敏雄さん
「技術はある。でも高すぎるんです」
だからこそ感覚論ではなく、何時間の作業を削減できるのか、どれだけ収量や品質の向上につながるのかを数字で検証しなければならない。
そうした考えを受け継ぎながら、これからの「かわに」を担っていくのが利勝さんだ。
五郎島金時の未来について語る、利勝さん
収穫機の導入や作業効率の改善。加工体制の強化。さらには学生インターンの受け入れなど、次世代の担い手づくりにも力を入れている。
利勝さん
「今は50代、60代の農家さんが元気なので産地が成り立っています。でも、20年後はどうなるかわからない」
そう語る利勝さんの言葉には、産地の未来への危機感がにじむ。だからこそ必要なのは、経験を否定することではない。先人たちが積み重ねてきた知恵を残しながら、新しい技術や仕組みを取り入れていくことだ。
敏雄さんが築いてきた土台の上で、利勝さんは五郎島金時の未来を描いている。
畑を守ることは、過去を守ることではない。次の世代へつないでいくことなのだ。
五郎島金時を、次の100年へ
畑で育まれた五郎島金時は、人の手を介して次の価値へとつながっていく
取材の最後、敏雄さんはこんな言葉を口にした。
「自分の仕事は、金時食文化創造業なんです」
芋を作るだけではない。
どう食べるか。
どう楽しむか。
どう未来へつなぐか。
そのすべてを含めて、自分たちの仕事だと考えている。
一方、利勝さんはこう語る。
利勝さん
「この“こぼこぼ”を全国の人に味わってほしい」
その言葉には、産地を未来へつなぎたいという思いが込められていた。
敏雄さんが守ってきたもの。
利勝さんが受け継ごうとしているもの。
それは、さつまいもそのものではない。
砂丘地の風景であり、地域の文化であり、人と人とのつながりだ。
五郎島金時は、ただのさつまいもではない。
砂丘地で育まれた風土の記憶であり、地域の人々が守り続けてきた文化であり、未来へつなぐバトンでもある。
“ひとくちのふうけい”から始まった今回の出会い。
その背景には、畑で汗を流す人の姿と、次の世代へ農業をつないでいこうとする挑戦があった。
五郎島金時の“こぼこぼ”とした食感の奥には、金沢の農業が歩んできた歴史と、これから描こうとしている未来が詰まっている。
そしてその物語は、今日も日本海から吹く潮風の中で、静かに続いている。
SHOP INFORMATION
| BRAND | 有限会社かわに |
|---|---|
| ADDRESS | 石川県金沢市粟崎町5丁目32−2 |
| WEBSITE | https://kawani.jp |
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