東京湯島にある小さなお菓子屋さん「Lazy Daisy Bakery」は、イギリス菓子のお店。前回取材に伺った「オザワ洋菓子店」の小澤利得さんからご紹介いただきました。
“イギリス菓子”ってなんだろう?
そんなざっくりとした疑問にお答えいただきつつ、特別にケーキを実食しながら店主の中山真由美さんにお話を伺いました。
中山さんがイギリス菓子のお店を始めようと思ったきっかけはなんだったんでしょう。
中山10年ほどアンティークの買い付けの仕事をしていて、年に6回くらいイギリスと日本を往復していたんです。そのたびにあちこち行ってはお菓子を食べるというのを繰り返していました。なかでも、イギリス南部にあるルイスという街に、60歳を過ぎたおばあちゃんがされてる「patisserie lewes」というコーヒーショップがあって。そこのケーキがもう、「はぁ~~~~!」って感動のため息が出るほどおいしかったんです。
それほどまで!(笑)そのお店が気になります…。
中山どうしてこんなにおいしいお菓子がつくれるんだろう?!私もこんなお菓子がつくりたい!と思うようになって、お菓子の基本であるフランス菓子を学びました。ルイスのコーヒーショップのような“イギリスの田舎でおばあちゃんがのんびりやっているベイクショップ”というのが、Lazy Daisy Bakeryのコンセプトです。
お菓子は全てこのお店で、中山さんお一人でつくられてるんですよね?
中山そうです。2016年の11月29日にオープンしてから、従業員は増やさず、ちゃんとわたし自身がお客さまの顔を見てお話をしながら、お菓子を選んでいただくのがいいと思ってるんです。古いお菓子には物語があるので。
なんと、シードケーキの歴史は450年余り
こちらに並んでいるお菓子はイギリスの伝統的なものが多いんでしょうか。
中山例えばこのシードケーキは、1500年代からあるお菓子。中世の頃は硬くてビスケットみたいな丸いお菓子だったらしいんですけど、1800年代初期になって卵を入れて、今みたいなケーキ風に焼くようになりました。
それからずっと今まで食べられてるんです。生地の中にはキャラウェイシードというスパイスが入っています。キャラウェイシードはお菓子に使う香辛料なのですが、これが入ってるものは盗まれないという言い伝えがあって、子供がさらわれないように枕に入れたり、家畜が盗られないように餌に混ぜたり。そういうお守り的な使い方をしていたそうです。
おもしろいですね。そんなに古い歴史を持つケーキだったなんて。
中山1500年当時は泡立て器もまだない時代。木の枝の先をほうきみたいに裂いたものや細い枝を束ねたものを使って1時間も2時間も卵を泡立て続けてたんですよ。ちなみに泡立て器が一般的に普及したのは1800年代後半と言われていますから、この時代のお菓子をつくる人は大変だったでしょうね…。
このシードケーキは1800年代のレシピを基にしているんですが、それだと日本で食べるには甘すぎるので、お砂糖の分量や配合を変えてお出ししています。オレンジピールとレモンピールを生地に混ぜているので、爽やかな香りが広がるんです。
お話を伺いながら食べると不思議な気分になりますね。ますますイギリス菓子に興味が湧いてきました。
中山昔のお菓子に関してはイギリスを往復していた頃から色々なレシピ本を購入して読み漁ったのですが、私もまだまだ知らないことだらけです。え?こんなお菓子あるんだ?っていうのがまだまだありますし。見た目が似ていても味は全然違っていたりするんですよ。見た目を裏切るお菓子っていうのがイギリス菓子の特徴かもしれませんね。そういう古いお菓子を紹介していきたいなぁと思っています。
ところでお店のキャラクターになっているこのハリネズミには、どんな意味が込められてるんですか?
中山イギリスでは、ハリネズミが背中に幸運を乗せてやってくるという言い伝えがあるんです。幸せな家庭の庭に巣をつくると言われているので、「ハリネズミがうちの庭に来ますように」って一生懸命にみんな庭をつくるんですよ。ちなみにこの子の名前は、デイジーちゃんです。
たっぷりのレモンに心が満たされるレモンドリズルケーキ
レモンドリズルケーキにフォークを入れた瞬間、「ジュワ」って音がするほど。すごくしっとりしてますね!
中山ケーキの名前になっている「ドリズル(drizzle)」は英語で霧雨、しとしと降る雨といった意味があります。まさに、レモン果汁の雨をたっぷりとふりかけているわけです!
聞いているだけでも唾液が出てきそうです!
中山これもつくり方が色々あって。一番上のアイシングの部分だけレモンを多めにするものもあれば、シロップを多めにかけるのもあるんです。私は二段構え。焼きあがってまだ温かいうちに、アツアツのシロップをた~っぷりかけてじっくり味を回します。そしてお出しするときにもう一度、軽めのレモンアイシングをかける。もちろん生地にもレモンゼスト(表皮のすりおろし)が入っています。
まさにレモンだらけ。断面を見るとシロップが染み込んでいるのが目で見て分かります。食べると一瞬で口の中がレモンでいっぱいになりました。
中山瀬戸内の無農薬レモンを使ってるんですが、12~3月が旬なんです。出始めの時期のレモンと今の季節の熟してるレモンだと味が全然違うんです。出始めのは若いから鮮烈。もうキュンキュンする感じなんです。
逆に、今のは本当に最後の時期なので人間と一緒でまぁるい味。それはそれで穏やかな味が楽しめます。例えば月イチで食べていっても味が違っていて、おもしろいかもしれません。
フレッシュチェリーのマジパンケーキというのも初体験でした。マジパンってクリスマスケーキの飾りのイメージしかなくて。
中山日本だとそうですよね。でもマジパンってすごくおいしいんですよ。日本とドイツのマジパンを混ぜて使ってるので、アーモンドの香りがすごく立ってます。さくらんぼもアーモンドも同じバラ科の植物だからか相性がいいんですよ。マジパンって立ち位置的にあんこだなぁと思ってるんです。
あんこ?と半信半疑に食べてみたんですが、本当に白あんのようでした。びっくり。
中山日本のお菓子に通じるものがありますよね。
パサパサしないしっとりスコーン
出会ったことのなかったイギリス菓子に新鮮さを感じています。でもやはりイギリスといえば定番のスコーンですよね。
中山スコーンはパサパサしてるからと言われてしまうんですが、本当はおいしいんです。うちのスコーンはしっとりしているので、スコーンのイメージが変わって気に入ってくださる方が多いんですよ。スコーンも地域や家庭によってご自慢のレシピがあるんです。
それぞれに黄金のレシピがあるんですか?
中山そうなんです。それがまた日本でいう「おまんじゅう」のような立ち位置だなぁと思っていて。
何も入っていないプレーンが基本なんですけど、サルタナレーズンという皮が柔らかいゴールデンレーズンを入れたり、ドレンチェリーを刻んで入れるのも伝統的な味。乳製品がおいしい地域だとスコーンにチーズが入ってたりもします。
スコーンにもそんなに種類があるとは知りませんでした…。
中山でもこの10年くらいの間にイギリスでベーキングブームが起こって、伝統的なお菓子をちょっとづつアレンジするという流れがきています。昔は茶色いものばかりだったケーキも、生のフルーツが入っていたりと、見た目も変わりはじめましたね。
伝統的なものから新しいものまで。イギリス菓子は本当に奥が深いですね。
中山基本的にはホームメイドなんですよ、イギリスのお菓子って。たとえヴィクトリア女王が好きなケーキでも、おやつはおやつ。見た目は地味だけど、本当はそれぞれに強い個性を持っているところはまさにイギリスの人そのものです。
実は変化に富んでいて複雑な風味のものや、シンプルに素材を味わえるものなど、イギリス菓子は食べてみなくては違いも魅力もわからないお菓子だったりします。
では、中山さんにとっての「イギリス菓子」とはなんでしょうか?
中山一言で表すなら“ロマン”かなと思います。お菓子をつくる上で、越えてはならない一線があると感じるところも魅力なんです。たとえば「バラブリス」というお菓子は干しぶどうのお菓子なんですが、そこにほかのフルーツが入ってしまえばもうバラブリスではなくなります。その境界の内側でどう工夫していくかが私にとっての冒険なんですよね。
真面目にこつこつと。質の良い素材を選び、材料の持ち味を生かしたお菓子をつくりたいと話してくださった中山さん。ふんわりとしたバタークリームがのったキャロットケーキ、ガツンとジンジャーを感じるジンジャーナッツなどなど、一つずつ丁寧に聞かせてくれるお菓子の話がとても楽しくて、あっという間に時間が過ぎていました。素朴だけど深い味のするイギリスのお家の味。そして中山さんに会いたくて、きっとすぐにLazy Daisy Bakeryを訪ねることでしょう。
キャロットケーキ 540円
ジンジャーナッツ 500円
SHOP INFOMATION
NAME | Lazy Daisy Bakery(レイジーデイジーベーカリー) |
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URL | https://ja-jp.facebook.com/lazydaisybakery/ |
ADDRESS | 東京都文京区湯島2丁目5-17 1F |
TEL | 090-5084-6439 | OPEN | 12:00~19:00 |
CLOSE | 日曜・月曜(不定休の場合あり) |
※他、臨時休業する場合があります