それは、2016年夏のこと。北海道に出張で行ったとき、空いた時間で「アトリエ・モリヒコ」というカフェに立ち寄り、水出し珈琲を頼みました。

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ビーカーに入った水出し珈琲を氷入りのグラスに注いで一口飲んだとき。ぎゅっと濃縮されているのに一切苦みのない珈琲。あまりの美味しさに感動したのを、今でも鮮明に覚えています。

そして、店内の居心地の良さ。東京ではなかなか味わえないゆったりとした席や、あたかかく思わず気がゆるんでしまいそうな空間。北海道にまた行く機会があれば、絶対に行くぞ! と思っていました。

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あれから数ヶ月…。念願叶ってもう一度北海道に出張で行く機会があり、今度はインタビュアーとして「森彦」を訪ねました。

僕は、お店には2つのタイプしかないと思うんです。それは、『わざわざ』と『しぶしぶ』。森彦は、旨いのは追求するけど早いのは追求しない。逆に、待たせても旨さで詫びる珈琲屋になりたいんです

と話してくれたのは、森彦代表の市川草介さん。珈琲業界では異端児だと自分について話す市川さんが考える哲学を聞きました。合計3本を通して、お店について、商売について、そして、市川さんと珈琲について、「森彦」の魅力を紹介したいと思います。

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1. 空間価値にこだわる「森彦」の哲学
2. 森彦の店舗について
3. 代表市川さんと珈琲について 

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北海道の人に聞くと必ずオススメされるお店「森彦」

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まずは「森彦」について。東京の人にはあまり馴染みがない(僕も行くまではそうでした)お店かもしれませんが、北海道の知り合いにおすすめのお店を聞くと、「ここの珈琲は一度飲んだ方がいい」「私の一番好きなカフェ」と必ず候補にあがってくるほど、人気の珈琲屋さんです。

「森彦」という名前の由来は、森彦・山彦伝説から。実は、市川さんのお父さんがつけてくれたんだそう。

市川日本の神話に、海彦・山彦伝説っていうのがあるんです。海彦・山彦っていいよねと、僕がふと言ったら「じゃあ森彦があってもいいよね」って。で、森彦に決めました。その言葉が直感的に『いい!』って思ったんです。

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現在は、北海道内に6店舗のお店があります。

「森彦」、「アトリエ・モリヒコ」、「マリピエール」、「プランテーション」、「モリヒコ アンド ジ オルタナティヴ」、そして、2016年9月にオープンした「MORIHICO. TSUTAYA 美しが丘店」。

それぞれコンセプトが違い、店内の雰囲気もひとひとつ変わっています。

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左: 森彦 / 右上: アトリエ・モリヒコ / 右下: マリピエール
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左: プランテーション / 右: MORIHICO. TSUTAYA 美しが丘店

「自分自身が飽きっぽいから、お客さんの期待を良い意味で裏切りたいんです」と、笑いながら話してくれた市川さん。店舗をつくる上で一番大事にしていることは何ですか?と聞いてみたら、「空間価値」だと答えてくれました。

商業空間における「空間価値」とは

たとえば。最初に僕がプライベートで訪れた「アトリエ・モリヒコ」の壁には、絵が何も飾ってありません。個人的には少し寂しい感じもしましたが、壁にはあえて掛けない理由がありました。

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市川なんか壁がさみしいから絵をかけちゃうのって、何か違うなと思ったんです。それよりもお客さまがくつろぐ姿が、まるで絵になるような。そういう空間づくりをしないといけないなと思ったんです。

お客さまが、その場所で居心地良く時間を過ごせるかどうか。それがあることが、その場所に空間価値があると言えます。

お店は、お客さまを入れる器です。お客さまがいわばメイン料理なので、どんないい器があったって、料理がなかったら器の意味がないんです。僕のやるべきことは、料理を引き立てる器をつくることなんです。

珈琲を飲む姿がサマになる空間をつくりたい

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市川僕は、空間価値について説明をするとき、「主体」と「客体」という言葉を使います。そもそもお客さまは、自分自身を主体だと思っているわけです。だって、自分がこの空間にいて、このコーヒーを飲んでいる主役なんだから。

ただ、他のお客さまにとってみたら、自分は客体なわけです。でも自分が、他のお客さまからこの店のモデルのような存在(客体)になっているなんて気がつきませんよね。

主体と客体が交互に入れ替わりながら、コーヒーを飲んでいる姿がなんともサマになるようなお店をつくりたい。それが僕の理想で、そういう想いを持ってすべての店舗をつくっていますね。

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市川実は、最近つくったマグカップは、取手ではなく誰かから見える方向にあえてロゴを名入れしているんですよ。

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「MORIHICO.TSUTAYA美しが丘店」で使用されているコーヒーカップ

市川実は、他の人に自分が見られているということ。主体だった自分が客体でもあるということを知覚することは、まんざらではないわけです。自分がお店の景色をつくるという瞬間は、気分がいいはずなんです。

適度の緊張と居心地の良さって、言ってみれば対照概念ですよね。でも人間は、両方がうまい具合に入り込んできたときに、実は幸せを感じるんじゃないかなと思っています。完全にリラックスしていたらお風呂に浸かっているでしょう?笑 でも、そうじゃないじゃないですか。

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僕が初めて「アトリエ・モリヒコ」を訪ねたとき。おそるおそる開けた扉の向こうで、スタッフさんがあたたかく迎えてくれました。飲んだ水出し珈琲のおいしさにびっくりして、思わず珈琲豆を買ってしまたほど。

時間を気にせずいてもいいよ、と言ってくれるような懐の大きさを感じたのは、市川さんがずっと “空間価値があるかどうか” を大事にしてきたからなのだなぁと分かりました。

それは、9月にできた美しが丘店に大きく掲げられているキャッチコピーにも現れています。

「You Can Stay All Day Alone With Coffee.」(コーヒーと一緒に、一日ひとりでここにいていいよ。)

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次の記事からは、そんなコンセプトで考えられた(「モリヒコ アンド ジ オルタナティブ」を除く)5店舗に市川さんとお邪魔してきたので、その様子をご紹介します!