JR中央線・阿佐ヶ谷駅北口から徒歩7分。
ちゃきちゃきとしたおばあちゃんが店頭に立つ豆腐屋さんや、コロッケのおいしいお肉屋さんなど、昔ながらのお店が立ち並ぶ商店街の一角に、朝から夜まで人の流れが絶えない一軒のジェラテリア「シンチェリータ」があります。
ここ、シンチェリータの代表作ともいえるジェラートが、2011年にイタリアで開催された国際ジェラートコンテストで3位に入賞したこともある「メルノワ」。
シンプルなミルクのジェラートに、荻窪にあるハチミツ専門店 ラベイユの「フランス 森のはちみつ」と、ローストしたフランス グルノーブル産の胡桃を混ぜ合わせたフレーバーです。
一口スプーンで口に運んだ瞬間、濃厚ながらもすーっとカラダに染み込むような優しいミルクと、こっくりとした黒糖のようなハチミツ、そして甘くて芳ばしい胡桃の風味が口の中いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれました。
イタリア語で「誠実」を意味する店名のとおり、素材一つ一つの声を聞くように、丁寧に丁寧につくられたことが伝わってくる、まさにつくり手の顔が見えるような優しいジェラートだったから。
そんなジェラートにこめた想いを知りたくて、オーナー兼ジェラート職人である中井洋輔さんにお話を伺いました。
お話を伺った人:中井洋輔さん
1980年、神戸生まれ。関西の外国語大学を卒業後、2002年よりインテリアデザイン、及びアンティークの勉強のため渡伊。帰国後はインテリアデザイナーとして仕事をするも、2009年よりジェラートの仕事を始める。2010年より阿佐ヶ谷にジェラテリア シンチェリータを開業。
デザインの世界からジェラートへ
インテリアデザイナーという職業からジェラートの世界に飛び込んだきっかけはなんだったのでしょうか。
中井デザインとアンティークの勉強をするために、1年半ほどイタリアのミラノで生活していた時期があって。もともとのジェラート好きがこうじて、いろいろな店を食べ歩くようになったんです。
なんでこんなにたくさんあるんだろうって不思議なくらい、本当に町中のいたるところにジェラート屋があったのですが、今みたいにグーグルマップもないので、地図を見ながらジェラート屋を見つけては、ペンでチェックをいれて食べる、みたいなことをずっとやってましたね。
で、日本に帰国して調べてみたら、その当時ジェラート屋がほとんどないことに気がついて。「ないなら自分がやってみるか」と思って始めたのがきっかけです。
そこからは、ほぼ独学でジェラート作りを学んだのだとか?
中井最初はお店に弟子入りして修業をしたいと思ってたんですが、その当時は手作りでジェラートをやっているお店自体があまりなかったので。もう自分でやるしかなかったというか……(苦笑)とにかくいろんな本を読み漁ったり、メーカーに問い合わせたりっていうのをひたすら繰り返してましたね。
キッチンはまるでラボ?ジェラートづくりの科学と不完全なおいしさ
こちらの果物のジェラートを初めて食べたとき、濃厚なストレートジュースをそのまま飲むより果物自体のイメージが鮮明に感じられるというか……すごく不思議な感覚を覚えたんです。そのあたり、ジェラートをつくるときになにか意識されていたりするんですか?
中井実は、味づくりについては最近とくに意識していることがあるんです。ちょっとマニアックではあるのですが……。
ぜひ教えてください!
中井たとえばいちごだと、ヘタの部分の香りがすごく強かったりするんです。だから、その香りを再現するために、ヘタだけを砂糖に漬けて抽出したシロップをつくってジェラートのベースに加えることで風味を強くしてみたり、レモンを加えることで本物のいちごよりも若干酸味を強くしてみたり。
そんな風に、それぞれの素材によっていちばん美味しく感じられるバランスがあるはずなので、その素材の特徴を自分で理解して、分解して、緩急をつけながら再構築することを意識してやっています。まだまだ上手くいかないものもあるんですけどね。
まるで科学実験ですね。ジェラートはそのシンプルさゆえに配合が命、というところもあると思うのですが、配合の比率は試作を重ねながら調整していく感じですか?
中井実は試作をする前の段階で、エクセルを使って計算して、かなりかっちり数値化しているんです。
あらかじめ頭の中で明確な完成系のイメージをつくり上げてからアウトプットをしていく、と。
中井ただ、それをやりすぎるとちょっと製品すぎるというか、人工的な印象を受け取られるのでないかというのもあって……。最近はとくに「不完全なおいしさ」みたいなことを意識してつくってみようとしてるんです。
不完全なおいしさ、というと?
中井きっちり計算したものからわざと少しずらすというか、手作り感が出せる余地を数値の中に入れ込むというか。
少し話はそれますが、最近、茶室とか茶碗の文化にはまっていて。茶碗をつくるときに、高温の焼き窯の中で意図せずに起こったことが結果として素晴らしい作品を生み出すことがあるそうなんです。きっちりと計算されたものだけではなくて、そういった偶発性を想像しながらものをつくるのも面白いのではないかと思って。
中井たとえば、今年の5月のシーズンフレーバーで出していた「甘夏フロマージュ」は、あらかじめ100%の配合で計算してつくったジェラートに、あえてあとから10%の量の果肉を足してるんですよ。 そうすると、当然計算上の100%を超えてしまうじゃないですか。そのアナログ的な部分も含めた出来上がりを想像しながら、余裕をもたせてレシピを考える、ということを最近は試みていますね。
アナログということでいうと、中井さんがつくるジェラートの、繊細でありつつもどこか素朴な味わいというは、やはりマシンメイドではなく手作業だからこそ生まれるものなのでしょうか。
中井そうだと思いますね。やっぱり既成のものを使っちゃうと良くも悪くも綺麗すぎるというか、全部同じような味になってしまう。
たとえば「ピスタチオ」。これは、ナッツを自家焙煎したあとに一粒一粒手作業で薄皮をむいていくんです。あとは「メルノワ」に入っている胡桃も、あえて手作業で砕くことで粒の大きさを不均一にして食感にアクセントをつけていたりとか。
ほかのお菓子とかに比べると、ジェラートはなかなかオリジナリティみたいなものが出しにくいジャンルだとは思うので、そういうところは大切にしたいと心がけています。
人とのつながりから生まれる、数百のフレーバー
常に地元の人たちの声と笑顔が溢れるシンチェリータの店内。ついつい足を運んでしまうのは、毎月11日に登場する新作をはじめ、雨の日限定フレーバー、日替わりイベントフレーバーなど、いつ来ても新たな出会いと発見があるから。
中井「ぶらっと立ち寄れる気軽なジェラテリア」がお店のコンセプトなので、何回来ても飽きない、気軽に足を運んでもらえるような場所にしたいというのは常に思っていて。そうしていると、自然とつくっているフレーバーもだんだん多くなっていって……。昨年出したのは300種類くらいだったかな、確か。
300種類も!!基本的にそれを中井さんお一人で考えているんですよね。アイディアが生まれるきっかけというか、どのようにしてメニュー開発をされてらっしゃるんですか?
中井基本的に素材ありきな部分が大きくて。こういう素材が手に入ったからなにかつくってみようというのが多いですね。
ほかには、お客さまやスタッフとの会話の中から生まれるものもあります。たとえば、パーラー江古田さんのパンを使って、そのまま「パン」っていうフレーバーを出していた時期があったんですよ。きっかけは、お客さまから「蕎麦味みたいなジェラートってないんですか?」って聞かれたこと。蕎麦は難しそうだけど、パンでなら小麦粉の味が出せるんじゃないかと試してみたんです。
小麦粉の味……ですか?
中井ジェラートってほとんどが乳製品と糖類だけできているので。洋菓子のように、バターや小麦粉や卵から出る強い旨みがやっぱり欠けてるんですよ。そこで、どうにかして小麦の旨みを足せないかって思った時に、「じゃあ、パンを混ぜてみたらどうか」とふと思って。
ミルクのジェラートにバケットをそのまま突っ込んでミキサーにかけて…。そのあと裏ごしをしているからパンのざらざらした食感は残っていないんですけど、食べるときちんとパンの風味がするんですよ。
それは興味深いですね。あと、今の時期は次々と週替わりで様々な旬の果物フレーバーを出されていますが、そういった素材の生産者の方との繋がりはどのように開拓しているのですか?
中井もともとお付き合いがあった生産者の方やお客さまから紹介してもらうなど、人づてにつながっていくことが多いですね。
中井印象に残っているのは、この「完熟梅」。これは、和歌山の梅農家の方が「一度味見してみてくだい!!」と直接もってきてくださったことがきっかけで生まれたフレーバーです。圧倒されながらも試しにつくってみたら、あまりのおいしさにびっくりして(笑)そこから毎年初夏の時期の定番になっているんです。個人的にもすごく好きなフレーバーなので、よかったらぜひ食べてみてください。
この時期しか出会えない果物と、シンプルだからこそ奥深い定番フレーバー
ひとつのフレーバーを楽しむのはもちろん、フレーバー同士の組み合わせを楽しむのもジェラートの醍醐味。とくに、旬の果物のフレーバーは次に来たときに必ず出会えるとは限らない。まさに一期一会ゆえに、真剣な顔でショーケースの前に佇むこと数分……。ひとしきり迷った末、今回は目にも鮮やかな「ルバーブ」を合わせることに。
■ ルバーブ
フレッシュなルバーブ(西洋フキ)を一晩砂糖に漬けて抽出したシロップと、ライチやバラの香りが特徴的なフランス アルザス地方の白ワインを合わせて煮詰め、そこにルバーブを漬け込んでまた一晩。3日目にしてやっとジェラートになるという一品。
半生状態のシャキシャキとしたルバーヴの食感が楽しく、なにより鼻に抜ける華やかな香りと上品な甘酸っぱさがなんとも心地よい。まさに、初夏にぴったりの爽やかな大人のジェラートです。
■ 完熟梅
「完熟梅」は、その名のとおり樹の上で果汁がしたたり落ちるほどまでに梅の実が熟するのを待ち、最高のタイミングで収穫。生産者の方にそのまま現地で皮と種を取り除いて急速冷凍してもらったものを送っていただいているのだそう。
「この香りはほかの果実にはない!」という中井さんの言葉どおり、カップを目の前にしただけで鼻をくすぐる芳醇な香りにうっとり。さらに一口食べた瞬間、その濃厚な果実感と余韻の長さに驚かされます。
ついつい”限定”という響きに惹かれてしまいがちですが、やはり定番のフレーバーも押さえておきたいところ。今回もうひとつチョイスしたのは、シンプル・イズ・ザ・ベストの「フレッシュミルク」と、イタリアンジェラートの定番「ピスタチオ」。
□ フレッシュミルク
中井さん曰く、「シンプルだからこそ一番思考錯誤した」という「フレッシュミルク」。まるで牧場で食べるソフトクリームのようなミルクのコクを感じながらも、すーっと染み込んで後味はスッキリ。そんな絶妙なバランスは、優しい味わいのホルスタインと濃厚なジャージー、2種類のミルクをブレンドすることで生み出されています。また、口の中にふわっと広がる柔らかな甘みは和三盆とハチミツによるものだそう。
□ ピスタチオ
現在、シンチェリータ唯一のプレミアム価格フレーバーである「ピスタチオ」。イタリア シチリア産ピスタチオの素材本来の風味を生かすため、浅めに自家焙煎したのち、その薄皮を丁寧に一粒ずつ手作業で剥くという、素材への愛が詰まったフレーバー。ナッツの力強さというより、繊細で上品な甘さとスッキリとした後味が印象的。ついついもう一杯食べたくなるような、くせになる味わいです。
地域に根ざしたジェラテリアをめざして
今年の3月で7周年を迎えたシンチェリータ。そもそもなぜ、この街でお店を開こうと思ったのでしょうか。
中井よく聞かれるんですけどね。とくに阿佐ヶ谷にこだわりがあったわけではなく、本当にたまたまなんです。でも、お店を始めてから、この街には素敵なお店やあたたかいお客さんが本当に多いことに気づいて。今になってみたら、ここでよかったなぁと思っています。
お客さまからの紹介がきっかけに、同じ阿佐ヶ谷にある珈琲屋さんやお豆腐屋さんとのコラボフレーバーが生まれたり、毎年こどもの日には地域の子ども達から募集したアイディアをもとにオリジナルフレーバーを開発したりと、まさに街に根付いたお店づくりをされていらっしゃいますね。
中井街を盛り上げようとか、そんな偉そうなことではないんですけどね。ただ、「ぶらっと気軽に立ち寄れる、街のジェラテリア」というのをコンセプトにしていることもあり、やっぱり街の人にいっぱい来てほしいというのがあって。そう考えていろいろと動いているうちに、街とのつながりがだんだんとできてきた感じがしますね。
「ぶらっと立ち寄って、一杯のジェラートを食べる。そんな、なにげない日常生活に溶け込んだジェラート文化をつくっていきたい」
そう語る中井さんの言葉をそのまま表すかように、取材中も、スーパーの袋をぶら下げた家族連れの方や、犬の散歩の途中に店頭のベンチで休まれている人など、地元の方々が次々と立ち寄っては、お店のスタッフの方と楽しげに会話をしている様子が多く見受けられました。
思わず「ただいま」と帰りたくなるような、あたたかい気分になれる街のジェラテリア。ふっと肩の力を抜きたくなった時、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
※7月7日は、「Cafe Kistune」で、“シンチェリータコラボジェラート”が出るとのこと!Cafe Kistuneのインタビュー記事はこちらをご覧ください。
SHOP INFOMATION
NAME | Gelateria SINCERITA |
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URL | http://www.sincerita.jp |
ADDRESS | 東京都杉並区阿佐谷北1-43-7 |
TEL | 03-5364-9430 | OPEN | 11:00 〜 21:00(夏期〜21:30) |
CLOSE | 年中無休 |
※他、臨時休業する場合があります