JR西荻窪駅から続く商店街を北へ歩くこと5分。その空間だけNYの街角を切り抜いたかのような、黒を基調とした佇まいの小さなお店が現れます。

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重厚感のある鉄扉を押した瞬間、ふわっと鼻孔をくすぐる甘くスパイシーな香り。右手のカウンターには、整然とディスプレイされる、しっかりと焼き込まれたスコーンやマフィン、シックな色合いのパウンドケーキ。素朴ながらもどこか洗練された美しい焼き菓子たちに目を奪われます。

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店内奥では10席ほどの重厚感のあるイートインスペースでお菓子を楽しめる

カウンターに並ぶ20種類ほどのお菓子をたった一人でつくっているのが、オーナー兼ベイカーの吉野陽美さん。会社員時代にNYで出合った焼き菓子に魅了されたことが、この世界に飛び込むきっかけだったといいます。

理想を表現するには知識と技術が必要だった

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吉野小さい頃から母親がよくお菓子をつくってくれていたこともあって、元々アメリカンベイクには慣れ親しんでいたんです。そこで、現地で食べた味を自分でも再現してみたいと思い、趣味の範囲でお菓子づくりを始めたんです。

ですが、やはり自分の理想を表現するにはきちんとした知識と技術がないとダメなんだなと気がついて。会社員をしながら、「ル・コルドン・ブルー代官山校」に入学しました。

なぜ、あえてフランス菓子の学校に通おうと思ったんですか?

吉野いい意味で、素朴で大雑把なアメリカンベイクは個人的にものすごく好きなんですけど、それはアメリカの空気の中で食べるからこそおいしいんだと思うんです。もし日本でやるのなら、繊細で日本人の口に合うようにアレンジしなければならない。コルドンに入学したのは、アメリカンベイクにフランス菓子の技法を融合させることで、より緻密で繊細な味わいのお菓子を生み出すことができると思ったから。

そこで学んでいくうちに、自分の経歴と”お菓子”が一致してきたというか…。お菓子を通して人にいい影響を与えたいというような想いが生まれてきて、今に繋がっている感じですね。

運命的な出合いによって生まれた「エイミーズベイクショップ」

もともと趣味であったお菓子づくりを突き詰めていくうちに、あるときふとお店を持とうと思い立った吉野さん。こちらのお店をオープンさせたのは、一つの運命的な出合いからだそう。

吉野お菓子屋を始めようと思い立って物件を探しはじめたら、本当にすぐ、2週間くらいでこの物件と出合ってしまったんです。2階の外壁部分にはってあるレンガなど、自分の思い描いていたお店のイメージにぴったりで、ここしかない!と即決でした。

契約してしまったからには、もうやるしかない。会社も辞めなきゃ!コルドンも早く卒業しなきゃ!と、オープンまでの数ヶ月間で一気に駆け抜けた感じですね。

会社員時代には空間デザインのお仕事をされていたそうですが、内装やパッケージ、ロゴのデザインも、ご自身で手がけられたのでしょうか?

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吉野そうですね。お店に関わることは全部自分でやりたいという想いがあって。お店のロゴは、あまりお菓子屋にみえないような、直線的なイメージでデザインしました。

よく見ると「AMY」の文字が隠れているんですよ。じつは「AMY」というのは、海外での私の愛称。それをモチーフにしてロゴをつくってみたら、すごくしっくりくるものが出来上がってしまったので、それをそのまま店名にしてしまったんです(笑)。

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店名よりもロゴが先だったとは(笑)。幾何学的なロゴも、シックで落ち着いた店内の雰囲気も、どちらかというと男性的な印象を受けますね。

吉野そうですね。私自身がもともとそういったデザインが好きだっていうのもありますし、お店のお菓子もどちらかというと男っぽいイメージでつくっているので。そのせいでしょうか、お店の特徴として、お仕事帰りにふらっと一人で立ち寄ってくださるような男性のお客さまが多いんです。お菓子屋としては、ホントに珍しいくらい。

吉野さんおすすめの、こだわりの焼き菓子3選

今回は、そんな吉野さんのこだわりが詰まったお菓子の中から3品をご紹介していただきました。

1)キャロットケーキ ※360円(税込)

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じつは、こちらのお店のファンになったきっかけが、このキャロットケーキ。初めて食べたときに「こんな繊細なキャロットケーキがあるのか」とびっくりしたことを覚えています。

特徴は、定番のナッツやレーズンのほかに、パイナップルが入っているところ。爽やかな酸味がアクセントになり、全体をしっとりと上品にまとめています。また、上にかかっているクリームチーズは、繊細な味わいの生地とのバランスを考え、塩味が少なくミルキーな乳味が豊かなものを使用しているそうです。

2)オリーブオイル チョコレートナッツ シード ケーキ ※360円(税込)

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アメリカンベイクには大きく分けてバターベースのものとオイルベースのものがありますが、こちらはオリーブオイルがベース。やや青みを感じるスパイシーなオリーブオイルの風味に、ゴツゴツとしたナッツとチョコレートの食感、長く続くビターな余韻が心地よく、ガツンとした深煎りのコーヒーやお酒に合わせたくなるダンディなケーキです。

3)マフィン(ブルーチーズ&フィグ&ソルト) ※390円(税込)

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吉野さんが赤ワインを飲んでいるときに思いついたというマフィンは、隠し味に蜂蜜クリームを使用しているのがポイント。単体では主張が強くなりすぎてしまうブルーチーズの風味を優しく包みこみ、最後に濃厚なイチジクがアクセントに加わることで、独特な深みのある味わいを生み出しています。

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どのお菓子も、一口食べたときに頭に浮かんできたのは、芯が強く凛とした女性の姿。「媚びない美しさ」ともいえるような繊細さと強さを併せもった、まさに吉野さんのイメージそのものでした。

媚びないお菓子の美しさ

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吉野さんの言う、“男っぽいお菓子” とはどういったものでしょうか。

吉野まずは、どっしり食べ応えがあるお菓子。手に持ったときに感じられるボリューム感も大事にしていますね。袋に2〜3個入れて、ずしっとくるくらいが狙いです。

粉も、一般的にお菓子づくりに使われる薄力粉ではなく、あえて雑味を残した中力粉を使用。しっかりとした食べ応えとともに、味わいに深みを与えてくれるんです。

確かにずしっときますね。でも、これだけボリュームがあるのにあとに余計な重さや甘さが残らないのは、使われてる素材のせいでしょうか。

吉野そうですね。シンプルなお菓子なだけに、やはり素材にはこだわっています。コストや原価率はほとんど気にせず、自分がおいしいと思うものをつくる。ただそれだけですね。そうすれば、自然とお客さんはついてきてくれると思っているので。

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日常生活に溶け込んだ幸せをつくりたい

お菓子を通じて人になにか影響を与えたい」そんな想いから店舗2階のキッチンにてお菓子教室も行っている吉野さん。

吉野ずっと人に教えるということはしたかったんですけど、そのタイミングで夢が叶ったのも本当に偶然が重なった結果です。忘れもしない、2013年の大雪の日に、たまたま上の階に入っていた事務所が引っ越したんです。その場で確認したら、まだ借手がついていないというので、即日契約。その年からお菓子教室をスタートさせたんです。

お店同様に、お教室を始めたのも、そういった流れだったんですね(笑)

吉野そう。だから、なにか流れがきたときには逃さず掴むと、スムーズにことが運ぶなあっていうのが自分の経験からわかってきて(笑)。外部でのお教室やレシピブックの出版など、今後もなにか新しいことを始める機会があれば、自然な流れに逆らわず少しずつ活動を広げていきたいなとは思っています。

将来的、どのようなお店にしていきたいですか?

吉野イメージするのは、NYの街角にあるデリカフェ。カウンターの脇には必ずベイクが置いてあって、朝出勤するビジネスマンがコーヒーと一緒にお気に入りのベイクを1つだけ買っていく。そんな風に日常生活の中に溶け込んで、少しだけお菓子で幸せを感じられるような風景がすごく好きだったんです。

いつになるかは分からないけれど、軽食やコーヒーなども充実させて、もっと幅広い人に立ち寄ってもらえる、そんなお店に育てていきたいですね。

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