こんにちは。福岡在住のライター・寺脇あゆ子です。

今回は2015年12月末のオープン以来、福岡のスイーツ界に新風を巻き起こしている「オー フィル ドゥ ジュール」。福岡出身のオーナーシェフ・吉開雄資(よしかいゆうすけ)さんに、自身のこと、ケーキづくりの哲学などをお聞きしました。

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アーティスティックな美しさのケーキに感動!

福岡市中央区の閑静な住宅街にある「オー フィル ドゥ ジュール」。朝10時の開店と同時にお客が訪れ、その波は途切れることはありません。ショーケースには、常時約10種類のケーキが並べられており、ひとつひとつのアーティスティックな美しさに、目を奪われてしまいます。

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生まれて初めて人に褒められたことが、パティシエになるきっかけに!

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地元・福岡の高校を卒業後、先輩の誘いで左官業(建物の壁や床、土塀などをこてを使って塗り上げる仕事)に就いた吉開さん。1年ほど経った頃、「自分がやりたいことってなんだろう?」と疑問を抱き、20歳で仕事を辞めて上京します。

吉開日本でいちばん大きな都市・東京だったらやりたいことが見つかるんじゃないかなという気持ちで上京して、アパレルやバーテンダーなども経験しました。

青山のとあるレストランで働いていたときのこと。日替わりデザートを考えるようにといわれた吉開さんですが、専門的に学んだこともなく、経験も浅かったため、近所の大型書店に通い、立ち読みしてレシピを暗記してつくっていたそうです。訊けば、当時はお金に余裕がなく、レシピ本を購入するのもためらわれたほど。必死にレシピを暗記するという気合いもすごいものです。

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爽やかな酸味と香りが絶妙な青リンゴのムース「ルネ・マグリット」(620円)

吉開「ある日、自分がつくったデザートをお客さまがおいしいって言ってくださったんです。初めて人に褒めてもらったことがすごく嬉しくて。料理長に『今、都内でいちばんすごいお菓子やさんってどこですか?』と聞き、『銀座レカン』だと教えてもらいました」

次の休みの日に友人にスーツを借り、吉開さんは『銀座レカン』へ。ケーキを食べ終わった後に責任者の方を呼んでもらい、「面接してほしい」と直談判。「この時代に珍しい」と、採用してもらえることになりました。とはいえ、最初は販売とサービスからのスタート。ふだんは販売とサービスをしながら、休日にラボ(工房)に入って学ぶ日々。2年目からはラボ(工房)に入って経験を積みました。

吉開3年ほど経った頃、料理のシェフと同じように、お菓子のシェフに注目が集まるようになってきました。個人のシェフが独立してお菓子やさんを持つようになる一方で、『銀座レカン』はフランス料理に特化するため、スイーツ部門の店舗を全て閉めることになったんです。

吉開さんは、これもまた何かのきっかけと考え、知人の紹介で恵比寿のガーデンレストラン『Q.E.D.CLUB』に移り、板橋恒久氏(現『アルチザン パティシエ イタバシ』オーナーシェフ)と出会ったのです。

28歳でフランスへ渡り、『ル・ブリストル』のスーシェフに就任

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ヴァローナ社グアナラのチョコレートムース「ミューラー」(490円)

吉開いずれフランスで修行するために、フランスで経験したシェフのもとで学びたいと考えていましたので、フランスの一流レストランでの経験を持つ板橋シェフのもとで働けることはとても嬉しかったですね。

『Q.E.D.CLUB』の製菓部門で3年ほど経験を重ね、板橋シェフがご自身の地元である茨城で独立することになったタイミングで、スーシェフとして『アルチザン パティシエ イタバシ』へ。オープニングから3年ほど経った頃、吉開さんはフランス行きを決意します。

吉開28歳でした。フランスに行くにはギリギリの年齢。板橋シェフに相談すると、5つ星ホテル『ル・ブリストル』のシェフパティシエであるローラン・ジャナン氏を紹介していただきました。

ワーキングホリデーでビザを取得し、フランスに渡った吉開さんですが、現地へ到着すると、受け入れ態勢が全くできていないというピンチに見舞われます。英語もフランス語もできない吉開さんは、ジャナン氏と身振り手振りで会話をし、なんとか働かせてもらえることになりました。

ワーキングホリデーのビザだったため、12ヶ月で期限が切れてしまいます。残り2ヶ月で退職することになり、当時、一つ星だった『シャマレ』で2ヶ月間だけ働くことになりました。

吉開当時、『シャマレ』にはパティシエがいなくて、正直、デザートはおいしいといえるものではありませんでした。ここで、柑橘を使ったマカロンをつくったところ、お客さまから『ピエール・エルメよりおいしい』と評価していただき、それを聞いたオーナーからシェフパティシエとして残ってほしいと言っていただいたんです。

一時帰国して手続きを終え、労働ビザを取得。『シャマレ』のシェフパティシエとして働いていた吉開さんに、ジャナン氏から1本の電話が入ります。

「シェフ・ド・パルティ(シェフ、スーシェフに次ぐ3番目のポジション)が空いているから戻っておいで」

地元・福岡からクリエイターとして世界へ発信!

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すべての層にマダガスカル産のバニラビーンズをたっぷり使用した「マダガスカル」(490円)

吉開さんは、常に「これができるようになったら、次はこうしよう」という思いを持っているそうです。ある程度つくれるようになったら、フランスで経験を積んだシェフのもとへいこう、そのシェフのもとでスーシェフになろう、フランスに行こう……という具合に。

フランスに来てからも、より高いレベルのところに行きたいと常々考えていたものの、フランスに来て間もない頃は語学力に不安があり、まずはシェフやお客さまの言葉を理解することが大切と、語学力と技術力を磨くことに重きを置いていたそうです。

吉開ローランから電話をもらったときは、言葉も理解できるようになっていました。ちゃんと学ぶという意味で『ル・ブリストル』に戻ろうと決意したんです。

『ル・ブリストル』に戻った吉開さんは必死に働き、約1年後、日本人初のスーシェフに就任したのです。2011年春の頃でした。それから4年間、ジャナン氏の右腕として活躍。シンガポールやアメリカ、日本などへの出張にも同行したそうです。

そんな吉開さんは、2015年でパリを離れ、日本で独立する決意をします。

吉開新婚旅行にパリに来ていた友人との他愛もない会話の中で、『いつまで修行するの?』と聞かれて。以前は、これができるようになったら、次は…というものがあったけれど、そのとき、次に何がしたいというものが思い浮かばなかったんですよね。

フランスでは独立しない限り、日本人がシェフになるのはかなり難しいんです。このままフランスにいても、日本人としてできることは、『ル・ブリストル』のスーシェフまでかなって思って。技術や感性を磨き続けることはできるけれど、経歴としては頭打ちかなと。それと、35歳で独立したいという思いもあり、ローランに相談して、日本に帰ることを決めました。

地元・福岡からクリエイターとして世界へ発信!

周囲からは「東京でやった方がいい」とも言われたものの、吉開さんは地元・福岡で開業することを決めていました。

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吉開福岡を離れる二十歳の頃、地元で独立したいと考えていましたし、友人たちの子どもの誕生日をお祝いできるケーキをつくりたいという想いもありました。こういう時代ですので、東京じゃなければお客さまが来ないわけではありません。東京のお客さまも日帰りで来られることもよくあります。

また、九州の素材の良さは魅力です。乳製品もイチゴなどのフルーツも。ハーブは久保田農園(福岡・糸島)さんのものを使用しています。フランスで使っていたものを互換できるものが、福岡で手に入れることができるのです」

そしてもう1つ、吉開さんは九州・福岡のケーキ業界に新風を吹かせたいという想いも持っていました。

吉開東京には、老舗の合間にいろんな角度からものすごいスピードで新風が吹いている感じがします。でも、福岡を見たときに、もちろんいい意味でもあるのですが、落ち着いている印象があって。その隙間に新風といいますか、僕がこの何年かで見て感じた、今のフランスのケーキ、それは、流行りだったり、作り手それぞれの独創的なケーキだったりするのですが、おいしさを追求するのはもちろんですが、色や形、素材の組み合わせなどを独自に創造、発信して、福岡の皆さんの選択肢をもう一つ増やすことができたら……と思ったんです。

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ココナッツとホワイトチョコレート、軽めのカスタードの組合せ「シューココ フランボワーズ」(450円)

吉開さんは自身のことを「職人であり、クリエイターである」といいます。カタチが美しいもの、おいしいもの、完成されたものを提供できるのは当たり前のこと。クリエイティブを追求していくうえで大切にしているのは、「食べたことのないものを食べてもらう」ことなのだそうです。

吉開このお店を開くにあたって意識したのは、フランス人においしいといわれるものをつくることです。『ル・ブリストル』時代に世界各国の有名ホテルでイベントをさせてもらいましたが、世界各国の人たちが、皆さん『おいしい』と言ってくださるんです。

『おいしい』は万国共通、世界を感動させる味があることを肌で感じました。私がフランスで学んだこと、フランスで得た感性を活かして、フランス人においしいと思っていただけるものを発信していけば、日本の人々も、その先にいる世界中の人々にも、おいしいと言ってもらえると考えています。

「オー フィル ドゥ ジュール」のコンセプトは“グルモンディーズ”。フランス語で、欲張り、食いしん坊という意味があるそうです。

吉開ひとくち食べたら、もうひとくち食べたいと思ってもらえるものですね。素材、環境、技術にクリエイティブが加わることで、唯一無二のものができると思います

記憶に残り、記憶をたどるケーキをつくる!

一方で、小さな子どもから年配の方まで、気軽に来てもらえるようなお店にしたいとも、吉開さんはいいます。

吉開子どもの頃、500円玉を持って、近所のイタリアンにティラミスを買いに行きました。でも、500円では足りなくて。そのとき、オーナーさんが500円分だけカットしてくれたんです。ティラミスというものを食べるのも初めてで、感動しましたね。こういったエピソードは歳を重ねてもずっと心に残っているものです。

その記憶があるから、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんなケーキが好きなんです。うちのケーキが、子どもたちにとって記憶に残るケーキであり、おじいちゃん、おばあちゃんにとっては記憶をたどってもらえるようなケーキでありたい——そう思います。

オープンからまもなく2年。ケーキという分野にとらわれることなく、フランスの食文化をもっとたくさんの人たちに発信していきたいと、吉開さんはいいます。

独立したことで、自分がつくりたいものをつくり、やりたいことができる環境が整いました。職人としてだけでなく、クリエイターとして、オリジナリティのある新しいものを積極的に発信しくという吉開さん。今後の動向から目が離せません。

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この取材後、師匠であるローラン・ジャナン氏が49歳の若さで急逝されたというニュースが届きました。吉開さんは、毎年夏に来日し、セルリアンタワー東急タワーでフェアを開催するジャナン氏のサポート役を務めていたそうで、今回も東京へ行く予定だったそうです。そして、フェア後は、ジャナン氏が初めて吉開さんのお店を訪れることも決まっていました。

吉開彼が亡くなったことを知ったときは、やはりショックでした。けれど、セルリアンタワー東急ホテルのフェアには300名を超える予約が入っていて、私は彼の弟子として、できる限りの仕事をすることに集中しました。来年以降はどうなるかわかりませんが、今は、これまで学ばせてもらったことをしっかりと伝承していかなければという思いでいっぱいです。

吉開さんは、そう力強く語ってくださいました。

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NAME パティスリー オー フィル ドゥ ジュール
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