中村樹里子さんは、白金台にあるミシュラン1つ星フレンチレストラン「TIRPSE(ティルプス)」で、デザート6皿からなるコースを提供されていました。TIRPSEでのテイスティング・レストラン「KIRIKO NAKAMURA」は連日盛況のうち、2016年6月に1年間の営業を終えられました。

パティシエ・中村樹里子さんが手がけたスイーツコース「KIRIKO NAKAMURA」。限定営業の1年間を振り返った今感じていること。

取材から、約3年。中村樹里子さんは今、どんなスイーツを生み出しているのだろう。

現在の拠点である「Kabi」は、目黒通りにオープンするとまたたく間に美食家や料理人から注目を集めるレストランとなりました。

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2017年11月にオープンした「Kabi」は、国内外の名店で経験を積んだシェフとソムリエ、パティシエールが立ち上げたレストラン。発酵など巧みな調理法と、日本の伝統的な食材や保存食で生み出す新たな食の提案が注目を集めている。

目黒駅からバスで10分ほど。一面ガラス張りに一枚天板のカウンター、一軒家の古民家をリノベーションして生まれた店内には、ミニマルで洗練された空間が広がります。

一階では、すでにディナータイムの準備や仕込みがはじまり、気持ちよい緊張感が流れています。目指すは二階、迎えてくれた中村樹里子さんをぐるっと囲うL字のカウンターに、焼き菓子がずらりと並びます。

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お菓子は営業する週に売り切る量を仕込み、その日の数だけ焼きあげられます。カウンター前で思わず目移りしてしまいます。

喫茶「Kabi NIKAI」に訪れたなら、イートイン限定のスイーツは見逃せません。さっそく、中村さんが「得意なデザート」という、チーズケーキをいただきます。

Cheesecake Blueberry Rye

…リコッタスフレチーズケーキにレアチーズムース、旬のブルーベリーとライ麦パンのアイスクリームにラベンダーの香り

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鼻を抜ける、チーズと麦、フルーツと花の香り。軽めのチーズケーキとムースに、ほのかな香ばしさを運んでくるのは、ライ麦パンのアイス!なんと、パンも自家製だそう。

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チーズのコクと爽やかな酸味、ブルーベリーの甘酸っぱさに、ライ麦パンのアイスにはほのかな酵母のサワー感。温度、食感、酸味のグラデーションを感じる一皿でした。

Chou à la Crème& cherry

…しっかり焼いたシューにバニラのカスタードとホイップクリームを2層にし、アメリカンチェリーのフレッシュな果肉とジャム入り

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フレッシュなアメリカンチェリーが麗しい佇まい。注文を受けてからカスタードクリームとホイップクリームをたっぷりつめて提供されます。

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生地は通常のレシピより多めの塩を入れてつくることが多い、という中村さん。甘さ控えめのシュー生地はサックリと香ばしく、うま味が尾を引きます。華やかなチェリーを抱く、シュー・カスタード・クリームの、ジェントルな組み立てにうっとり。

バナナとブルーベリーのタルト

…アーモンドタルトに完熟バナナと大粒のブルーベリーをのせて

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大粒のブルーベリーとバナナが、口の中でジュワッと広がる季節のタルト。聞くと、生地のみを50分焼き込んでから、表面にフルーツをのせてまたオーブンへ。最後10分のひと手間が、ジューシーな味わいを生み出すのだそう。

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イートインではホイップクリーム添えていただけます。単品でのお持ち帰りも可。季節によって変わるタルトをお楽しみに。

「KIRIKO NAKAMURA」から約3年、中村樹里子さんの現在

デザートコースのみを提供する「KIRIKO NAKAMURA」を主催し、2016年7月にクローズしてから、現在に至るまでを伺いました。

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中村樹里子さん(以下、中村)「KIRIKO NAKAMURA」を辞めてから一ヶ月は休暇として、海外で過ごしました。ペルーに行ったときは、世界ベストレストラン50にも選ばれた「Central」や友人の働くベーカリーで研修したり、デンマークでは友人のいるレストランで一緒に働きました。

休暇でも、研修やお仕事をされていたんですね。

中村研修というより、友人もお店で働く子が多いから休みが合わない。だったらお店で一緒に働かせてもらおう!という感じで。

なるほど。帰国されてからKabiのオープンまでは、どのようにお過ごしでしたか。

中村帰国後は、パートナーがお店を開くというので、Kabiの物件探し。好きなワインバーや、仲良くしてもらっている「SWITCH COFFEE TOKYO」があるから、「絶対に目黒がいい!」と決めていたけど、家賃も保証金も高くて(笑)

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お金が無くとも、通っていたというワインバー。ナチュラルワインや音楽が好きなお客様と意気投合、偶然にも物件の持ち主だったそう。

中村私は、Kabiオープンの2ヶ月後にはお腹に子どもがいたから、4ヶ月ほど地元関西に戻っていました。子どもが生まれた後は、Kabiのコースデザートの監修など、Kabiに関わりつつも、毎晩レストランに立つのは厳しくて。

お子さんがいらっしゃるんですね。「KIRIKO NAKAMURA」の頃とはかなり環境が変わったと思いますが、「Kabi NIKAI」をはじめたのはいつですか。

中村2019年5月にはじめて、今は週3日営業に落ち着きました。

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もともと昼間は使われていなかったKabi二階にてパティシエとしての仕事を再開。夜はバー営業、不定期にイベントなどが開催されている。

「Kabi NIKAI」で紡ぎつづける”自分のお菓子”

中村さんはパティシエの働き方について、どのように感じますか?

中村友人にレストランパティシエールが多いですが、産後の復職は難しいとよく聞きます。レストランでも自分のお店でも、労働時間が長いのは仕方がないのかもしれません。

最近は実店舗を持たないゴーストレストランやシェアキッチンが広がっているみたいだし、いい流れだと思います。子どものいるパティシエが仕事を続けやすい環境があったらいいですね。

そうですね、本当に。中村さんが仕事を再開された時は、いかがでしたか。

中村他店のレシピ開発やカフェコンサルといった依頼もありましたが、自分のスタイルは崩したくありませんでした。

週3日になってしまうけど、使える時間は”私のお菓子”をつくることに注ぎたかったんです。

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中村もちろんKabiが軌道に載っているからこそ、私は自分のペースで仕事ができて、お客様にもあわせてもらって。本当に、ありがたいこと。

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普通だったら、家賃を払って3日営業じゃ厳しい……と現実的な話も。そしてすかさず、「ヤドカリみたい」とユーモアが飛び出す中村さん。

Kabi NIKAIのお菓子は、発酵や和食材を意識されていますか?

中村発酵させたほうがおいしい素材には取り入れますが、絶対ルールではありません。

レストランで最後に出てくるデザートは、ほとんどの場合、一生に一回のものですよね。対して、何度も食べたくなるのが、日常のお菓子。例えば、すっごくおいしいプリンは今日も明日も、来週も食べたくなる。でも、個性的な味だと「こういうのあるんだ」で止まってしまいます。

一生に一回のプリンかぁ……。

中村そう。だから、ここではもっと日常に寄り添うお菓子や、私らしいデザートでいいのかな、って。

誰しもルーツや歴史があって、私の場合はフランスでの経験、その延長線上にKabi NIKAIがあります。

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クリームを立てるあざやかな所作に見惚れる。その場でしかいただけないデザートは、レストランパティシエールとしての情熱を感じる。

今までコースだけで提供されていた中村さんのデザートが、こんなにカジュアルにいただけるなんて、贅沢ですね。

中村もっとラフな感じでもいいのかな、とも思います。とはいえ、私のことなんて誰も知らない時代から「お菓子がおいしいから」「樹里子さんのファンです」と言ってくるお客様もいらっしゃる。だから、絶対に手は抜けません。

レストランのデザートでは”Kabiらしさ”も必要。でも、2階のお客様は中村さんらしさを大事にしたお菓子が喜ばれるのですね。そんなKabi NIKAIですが、中村さんにとってどんな場所ですか。

中村コースデザートをつくっていた頃は、予約がいっぱいで忙しすぎて、遠方からのお客様や、若いパティシエの子、わたしの本(*)を読んで来てくれた方ともお話できていませんでした。

*中村 樹里子『レストラン・パティシエールの働き方』誠文堂新光社,2016年

今は子どものこと、1階のこと、色々考えるゆとりができましたし、お客様も気を張らずに来てください。

もしかしたら昔お話できなかったお客様と、再会しているかもしれないですね。

中村そうですね。ここはカウンターだから、顔も見えますし。あ、たまに急なお休みになるかもしれないから、来店前にInstagramを見てもらえたら嬉しいです。

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取材時に、8月のメニューを聞くと「先のメニューは決めてないんですよ。その時においしい果物や、気候によって食べたいお菓子が変わるから」と中村さん。時刻表通りの生活が染みついた私は、ちょっぴり面食らってしまった。

記事のやりとりをしながら、「8月はかき氷とか、氷菓をやろうかな」と教えてくださった。目黒駅からバスで10分、陽射しから逃れるように向かった、Kabi 二階の喫茶室。ひとくち、ふたくち、食べ終わる頃にはすっかり虜になっている。夢のつづきを見るように、きっとまた、ここに訪れたくなる。季節のうつろいを捕まえに、あるいはエスケープのおともに、魅惑のお菓子をぜひ。

SHOP INFOMATION

NAME Kabi(カビ)
URL http://Kabi.tokyo/
ADDRESS 〒153-0063 東京都目黒区目黒4-10-8
TEL 03-6451-2413
OPEN 木・金・土(nikaiは12:00〜17:00)
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