藤色のあんに、輝く大粒の栗。日本中にファンを持つ「栗羊羹」の存在感

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「青柳正家」を代表する「栗羊羹」は、本当に美しいお菓子ですね。この、ほのかに透き通るような紫色に見とれてしまいます。

須永ありがとうございます。おかげさまで、「青柳正家」のあんの美しさは「藤色」という独特の呼び方で評価をいただいています。この透明感の理由は、手間をかけてていねいに灰汁(あく)を取った小豆でつくっているから。

「こしあん」は江戸の文化です。あんのさらし方(こし方)が足りないと透明感が出ないし、さらしすぎると風味がなくなる。この藤色は、言ってみれば江戸の粋を表現したものでもあるんです。

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黒文字(つまようじ)を入れると、力を入れなくても羊羹と栗がすっと切れるやわらかさにも驚かされます。

須永栗とあんを同じやわらかさに仕上げることは、もちろん大切なことですが、同時にうちとしては当たり前のことでもあるんです。羊羹は、一体感が大切。全部でひとつ、というものですから、あんと栗もぜひ一度に味わっていただきたいですね。

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黄金色の栗も、大粒できらきらと輝いていますね。素材のこだわりはありますか。

須永小豆はうちで厳選した最高級のものを使用しています。栗は、熊本産のものを使うときも、茨城産のものを使うときもあります。産地で選ぶのではなく、毎年、必ずその年の味を確認してから決めています。

ほどよい甘さが上品で、あっさりとしたキレを感じます。ほっこりした栗の味と、上品なあんの味がお互いを引き立てあって、シンプルなのに奥深く、心からほっとするおいしさですね。

須永ありがとうございます。自分でも、こんなにおいしい羊羹はなかなかないと思っています。一棹(さお)4000円近く、決して日常的に気軽に買えるお値段ではないのですが、みなさま、これがいいと言ってわざわざ買いにきてくださります。本当にありがたいことです。

お茶といっしょにいただくと、またおいしさが深まりますね。

須永そうなんです! 和菓子というのはそもそも「お茶請け」ですから、やはり日本茶といっしょに食べていただきたい。羊羹をひとくち食べて、お茶をひとくち飲んで、口の中をさっぱりとリセットさせてから、また羊羹を食べる。こうして交互に食べることで、口のなかには羊羹の心地よい余韻がずっと残る。その特別な「おいしい時間」を、ゆっくりと楽しんでいただけたら幸いです。

伝えたいのは、和の心。羊羹から生まれるコミュニケーション

「栗羊羹」は、半分のサイズもあるのですね。

須永このサイズをつくったは私の代になってからです。いまは一人暮らしや二人暮らしの方も増えたので、食べ切れるサイズの羊羹を、とのご要望にお答えしました。

でも、私は、切り分けた個包装には絶対しないんです。

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それは一体、なぜですか?

須永それは、ご家庭やご友人との団らんの場所で、羊羹を包丁で切り分けて食べていただきたいからです。みんなでひとつのお菓子を共有する。そしてそこに流れる楽しい時間も共有する。あの感覚を大切にしたいんですね。

なるほど……。和菓子は、単なるお菓子というだけではなく、人同士のつながりの場を育むものでもあるんですね。

須永以前、うちの近所の老人ホームに入ったばかりのおばあちゃんがいらしたとき、そういう話をしたことがあったんですが、その一年後に、1kg近くもある重たい羊羹をわざわざ買いにきてくださったんですよ。

「昨年のいまごろはホームに友だちがいなかったけれど、ここであなたの話を聞いて、羊羹を一緒に食べる仲間をつくろうという一年間の目標ができた。目標通り、新しい友だちが6人できたから、みんなで一緒に食べたくて羊羹を買いに来たよ」って。それを聞いて、うれしくてうれしくて。

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なんとも心温まるエピソードですね。

須永あのときのおばあさんの言葉は、今でも忘れられません。実際、うちの羊羹は、一棹の6等分がいちばんおいしい厚さなんですよ!

ちょっとでも贅沢な気持ちに……初代の心遣いがあふれる「菊最中」

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もうひとつの代表作である「菊最中」について教えてください。もこもこっと盛られたあんのボリューム感が、とても個性的でかわいらしいですね。

須永ありがとうございます。青柳正家の創業は1948年、戦後間もないころでした。物がない時代、甘さというのは憧れだったんです。そこで、見た目を豪華に、甘いあんをたっぷり入れることで少しでも豊かな気持ちになっていただきたいとの思いで、先代がこの形をデザインしたんです。

こちらの最中ひとつにも、先代の心がたくさん詰まっているのですね。

須永そうなんです。改めて、和菓子は「心を伝える」文化を背負っているものだと思います。

「菊最中」も召し上がってください。真ん中でひねって上下に割ってから、皮を下にして食べてみてくださいね。

たっぷり詰まった藤色のあんは、甘くて上品な深みがあって。皮は想像以上にしっかりとした固さで、パリッとしていますね。あんと皮との食感のコントラストが絶妙です。

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須永ありがとうございます。この皮は、もち米ではなくうるち米を使っているので、しっかりとした固さと風味がでるんです。「菊最中」は、常温でも、この食感のまま三日持つんですよ。時間がたっても皮がへたらないように、あんの水分量を絶妙に調整しているんです。賞味期限の長さも、職人からの「すごいでしょ?」っていうメッセージなんです(笑)。

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小学生から修業をスタート、中学生であんこ練り。3代目・須永友和さんの、一途な和菓子人生

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須永さんは、青柳正家の3代目でいらっしゃいます。ご実家が由緒正しい和菓子屋さんというのは、どのような感覚なのでしょうか。

須永私は和菓子屋で生まれ育ったのに、小さいころはお菓子に触らせてもらえなかったんですよ。まあ、大切な商品なんだから当たり前なのですが、おやつとしては食べさせてもらえても、製造過程の商品には決して触れないんです。

だからずっと、はやく触りたくて触りたくて。小学生3年生のころ、はじめて商品の包装の手伝いをさせてもらえることになって、飛び上がって喜びました。

小学生で? そんなに小さいころから、和菓子に興味があったのですね。

須永とにかく何かやりたくてやりたくて仕方なかったですね。小学校6年生のときに、初めて包あん(あんを皮などで包む作業)をさせてもらえて。と言っても、まずはあんの代わりにピンポン玉を使って、微妙な感覚を手が覚えるまで、何度も何度も練習するんです。

その後にようやく本物のあんを使わせてもらえるんですけど、これが本当に難しい。

もちろん子どもが包んだものなんて商品にはならないのですが、初代である祖父が「おまえが包んだやつはおれが全部買取ってやるからやってみろ」って言ってくれて。

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須永さんが目の前で披露してくださった「包あん」の手つき。ないはずの和菓子が見えるような見事な動きは、数えきれないほどの反復練習の賜物です。

なんとかっこいいセリフでしょうか……。

須永とにかく毎日夢中でしたね。当時工場にいた職人さんたちはみんな10代で、自分からしたらお兄ちゃんみたいな存在でした。そんななか、仲間の一人になったような気分で夢中で参加していました。中学生になったら、ようやくあんを炊かせてもらえるようになりました。毎朝5時に起きて、学校に行く前にあんを炊いてから登校していました。

当時の須永さんにとっての和菓子は、子どもが遊びに夢中になるような感覚だったのでしょうか。

須永いや、逆に、これは決して遊びでやってはいけない、と思っていました。

兄弟子にも鍛えられたし、初代も先代も江戸っ子で喧嘩っぱやいので、いつも怒鳴られていました。二人とも言葉は乱暴でしたが、その中には必ず大切な真実がありました。

その日の気温や季節など、ちょっとした変化が仕上がりに多きく影響してしまう。「このやろう!」と夢中で立ち向かい、徹底的に感覚を身に叩き込んでいきました。その後、京都と大阪へ7年間の修業に出て、和菓子の世界での東西の文化の違いも勉強しました。

3代目を継がれて、いまはどのようなお気持ちですか。

須永先代はとても元気だったので、まだまだ家督を譲ることはないだろうと思っていたのですが、10年前に急に亡くなって、私が3代目を継ぐことになりました。長男ですし、自然な流れではあったのですが、親父から直接「お前がいれば安心だ、後は頼んだぞ」との言葉をもらえなないまま継ぐことになったことが、今でも心残りです。だからこそ、3代目として先代たちに恥じない仕事をしなければといつも肝に銘じています。

全国に和菓子の魅力を伝えることが、先代や兄弟子たちへのご恩返し

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須永さんは現在、青柳正家の代表として全国を飛び回っていらっしゃいますね。

須永初代は、「青柳正家」という店とすばらしい和菓子をつくった。先代は、それを守った。そして3代目の自分にできることは、外に出て、僕自身が人と直接対話をすることで、うちのお菓子の魅力を伝えることです。それが、いろんなことを教えてくれた先代や兄弟子への恩返しだと思っています。

須永さんは、和菓子を本当に愛していらっしゃるんですね。

須永でもね、和菓子を好きか嫌いかって言ったら……、嫌いかもしれませんよ。

えっ?

須永もちろん、ひとりの人間として、「青柳正家」の和菓子は大好きです。ですが、職人としては素直に好きとはいえない複雑な気持ちがあるんですよ。

というのも、和菓子の世界は、職人の名前が前に出ない世界です。私自身、相当な数の新作和菓子を発表していますし、今も抹茶と豆乳を合わせた最新作が完成したところです。でも、店頭に出してもなかなか定番としては残らない。

こうして今日のように取材を受けるのも、初代がつくった栗羊羹と菊最中でしょう。こんなにも認められるものをつくるのが難しい世界はなかなかないですよ。「いつになったらお前の作品が有名になるんだ?」と、先代から常に問われているようなプレッシャーがあります。

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なるほど……本当に奥の深い世界なのですね。改めて、これから志すことなどがあればお聞かせいただけますか。

須永「青柳正家」の「栗羊羹」や「菊最中」を残していくのも、自分の務め。そして、「あんわらび」や「一枚流し水羊羹」など新作に挑み続け、和菓子の未来に新しい可能性を見いだすのも自分の務めだと思っています。

「若者に受け入れられなくても、分かる世代にだけ分かればいい」という昔の感覚のままでいると、分かる世代がみんないなくなっちゃったら、もう何も残らない。それではダメなんです。

洋菓子に比べると、正直、今は和菓子は下火です。パティシエを目指す若者はたくさんいても、和菓子職人になりたいという若者は数えるほど。でも、「青柳正家」の和菓子は本当においしいし、和菓子は受け継いでいくべき素晴らしい文化だと私は胸を張って言える。だからこそ、和菓子の魅力をちゃんと声にして伝えていくのが自分の使命だと思っています。

■ 商品リスト

「栗羊羹」730g 3996円
「菊最中」10個入り2700円(2個入り573円から購入可能)

■ 教えてくれた人

須永友和さん
1976年生まれ。小学生のころから和菓子職人としての修業を始め、「京都鶴屋」で3年、大阪「芭蕉堂」で4年の修業を経て、「青柳正家」3代目に就任。和菓子の魅力を伝えるため、催事や講習などで全国に赴く。

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